北軍は大量に確保して戦いに臨んでいた… 「アメリカ南北戦争」の勝敗を分けた飲み物の正体とは

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兵士たちの日記には、ライフルや大砲という言葉よりも「コーヒー」が頻繁に登場したそうです。ある砲兵の回想録には、こんな一節があります。

真夜中の行軍を命じられると(中略)その前には必ずポットでコーヒーを淹れた。午前や午後に休止を命じられたときにも必ずコーヒーだ(中略)。食事にコーヒー、食事と食事のあいだにもコーヒー(中略)そしてそれだけのコーヒーを飲んできた老兵は、今や町で一番のコーヒー飲みだ。

(ジョン・ビリング「乾パンとコーヒー」『「食」の図書館 コーヒーの歴史』ジョナサン・モリス著 龍和子訳、原書房より)

禁酒法時代、コーヒーはお酒の代わり

同じ19世紀の西部開拓時代には、長距離・長時間におよぶ移動や過酷な労働の中で、眠気覚ましや活力源、そして仲間との交流にもコーヒーが欠かせないものでした。

『コーヒーでめぐる世界史』(ポプラ新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

「カウボーイコーヒー」という名前がつくほど淹れ方はワイルドで、単に豆を砕いて鍋でグツグツ煮るだけ。荒野で焚火をしながら濃いコーヒーを飲む姿が思い浮かびます。

コーヒー人気がさらに高まった背景には、禁酒法の時代がありました。

南北戦争後には、様々な社会問題が明るみに出ました。奴隷制度が廃止された一方で、黒人に対する人種差別は強まります。

些細なことで黒人に対して暴力が振るわれることが多発しました。開拓が進むにつれ、鉄道が敷設され、工業化がすすむ中で過酷な労働を強いられて、労働運動やストライキが暴徒化することもありました。

労働者としての移民が急増し、人口増大に住環境などの整備が追い付かず、都市部にはスラム街もできました。過度な飲酒に走る人も増え、暴力や犯罪が増えていったのです。

そこで、飲酒は社会の敵だ、と1920年に出されたのが禁酒法でした(合衆国憲法修正第18条)。お酒の代わりにストレス解消のためにますますコーヒーが飲まれるようになったのです。

増田 ユリヤ ジャーナリスト

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ますだ ゆりや / Yuriya Masuda

1964年、神奈川県生まれ。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。テレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」でコメンテーターとして活躍。著書に『揺れる移民大国フランス』『世界を救うmRNAワクチンの開発者カタリン・カリコ』など多数ある。また池上彰氏との共著に『歴史と宗教がわかる!世界の歩き方』などがある。「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」でもニュースや歴史をわかりやすく解説している。

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