──はい、こどおじです。なにせ平八郎君は、自身がやる気になった案件しかまともに弁護しませんからね。ある強盗殺人事件で老婆を殺害した被告を弁護したときなんて「俺はなんとしてでも奴を死刑にする」とか宣って、法廷で弁護するどころか被告の殺意を立証する始末です。これには検察官もにっこり、裁判官はドン引きです。当然ながら弁護士事務所は即刻クビになり、家賃を払えなくなって実家へと帰り、さながらサナギのように子供部屋に引きこもって悶々とするうちに、我が同盟法務部の敏腕悪徳弁護士へと華麗なる変態を遂げたのであります。
──そうでしたか……。今回は依頼を見送ることになりましたが、平八郎君にもよろしくお伝えください。
子熊がゴルゴに勝ることもある
──かしこまりました。ところでわたくしからも質問していいですか? レポートから読み取れなかったのですが、奥様はご主人のどこに魅かれたのでしょう?
──と、いいますと?
──いやですね、わたくしには脱サラしてラーメン修業をする子熊みたいな中年男に、あまり魅力を見いだせません。脱サラして殺し屋になるとかなら魅力的ですがね。
──わたしは殺し屋になんて魅力を感じませんよ?
──え、そうですか? ゴルゴ13とかカッコいいじゃないですか。
──わたしはわたしを大切にしてくれる人が好きです。
──なるほど、子熊がゴルゴに勝ることもあるわけですね。まさに愛の為せる業です。愛──、それは尊いものです。
*
子供部屋同盟の成敗によって、結果として麺屋ムラカミへの誤解は解けた。SNSは途端に店を擁護する書き込みで溢れた。
──ぜひお店を再開してください!
──必ず食べにいきます!
──写真見たらめちゃ旨そうです!
事務室の電話も鳴りやみ、ときに営業時間の問い合わせがあるくらいだった。この状況なら、店を再開できる。でも肝心のラーメンを作れる夫がいなかった。夫がリハビリを終えるまで臨時休業するというのは、テナント料を考えると現実的に厳しい。
自分にラーメンが作れれば──、絢香は思う。夫の仕込みを毎日見ていたから、スープを作る手順は分かっている。
絢香は夫の見よう見まねで、丸鶏ガラや魚介や香味野菜で出汁を取り、ラーメンを作ってみた。
できあがったラーメンを試食して愕然とした。コクも旨味もないし、逆に変な雑味が出ている。とてもお客さんに出せる味ではない。
その後に何日も寸胴と向き合うも、結果は同じだった。どうやっても夫と同じ味にならない。かといって自分なりに工夫すると、余計に悪化する。まるで袋小路に迷い込んだようだった。


















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