
「麺屋ムラカミ」開業
四月十日、店舗近くの千葉公園の桜が満開のころに、麺屋ムラカミは開業した。絢香は胸の高鳴りを覚えながら“麺屋ムラカミ”と記された藍色の暖簾を店頭へ掛けた。彼の夢を密かに応援していた自分が、彼と一緒に夢を叶えることになるだなんて、大学生のころは考えてもいなかった。
開店待ちの列の中に、見覚えのある白髭の爺さんがいた。石井の親父さんだった。
「なにせ、わしの弟子第一号の店だからな。しかし二人がつきあってたなんて、当時はぜんぜん知らんかったぞ。こんな可愛らしい嫁さんをつかまえて、まったく村上も隅に置けんな」
夫はラーメンを食べ終えた親父さんに、緊張気味に味の感想を訊いた。親父さんは白髭を撫でつつ言う。
「もうおまえにアドバイスはやらん。なにせこれからは商売敵だからな」
それを聞いて夫は肩を落としたが、たぶん親父さんなりの誉め言葉なんだろうと絢香は思う。
初日こそ売上は想定を上回ったが、やはり商売は甘くないもので、店には次第に空席が目立つようになった。一日の売上が五万円なんて日もあり、テナント料を支払ったら利益がわずかという月もあった。



















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