絢香は受話器を事務テーブルに置くと、スマホを手に取りSNSのエゴサーチをしてみる。最初に表示された投稿動画を見て、血の気が引いた。
動画に映っている場所は、目の前の厨房だった。
スタンプで顔を隠した若者が、右手に丼を持っている。
──当店の隠し味になります。
若者は丼に向かって放尿を始めた。
背後では、複数人の笑い声が響いている。
若者は工藤で、背後の笑い声は富田と佐伯に違いなかった。でもアカウントは工藤のものではなく、動画や画像を転載しているまとめアカウントだった。
工藤の顔はスタンプで隠れているし、動画内に店を特定できるものは何も映っていない。じゃあどうして店に電話が……。
止めどなく増えるリポストといいねの数
絢香はSNSの検索を続けるうちに、事態の全容を把握した。事態は夜のうちに、夫の隣で安らかに眠っているうちに、最悪の方向へ進んでいたのだ。
工藤は撮影した動画を、おそらくは軽い気持ちでインスタのリールにアップした。二十四時間で自動削除される動画だ。この動画を誰かが削除前に偶然見つけてXに転載し、その転載した動画を暴露系インフルエンサーがさらに転載して一気にバズってしまう。
次に匿名の人々によって、店舗の特定が始まった。工藤が手にしている丼と、口コミサイトに掲載されている麺屋ムラカミの丼が同じであることを、誰かが突き止める。
そして口コミサイトに部分的に写っている厨房と、動画の厨房との一致点をつぶさに検証していき、最終的に麺屋ムラカミで間違いないと結論づけられたのだ。
そうこうしている間にも、動画のリポストといいねの数は止めどなく増えていく。
絢香は眩暈を覚えながら、震えた手で事務テーブルに置いたままの受話器を電話機へ戻した。
その瞬間に、次の電話のベル音がけたたましく響いた。
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