日本社会で増殖する「他人に聞かない若者たち」、その先に生じる《新たな格差》がもたらす悲惨な末路

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人に質問する行為には、質問を正確に言語化する「認知スキル」と、相手の顔色や状況を判断する「社会的スキル」が不可欠である。これらのスキルは、経験を通じて初めて習得されるものだ。

しかし、パソコンやスマートフォンを使えば簡単に情報を入手できるようになったことで、デジタル・ネイティブ世代(の一部)は他者との対話を「リスク」と見なし、新たな人間関係をつくる機会として捉えられなくなっている。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」――。このことわざは、もはや通用しない。現代の若者にとって、聞くことは「恥」ではなく、「面倒で避けたい行為」になっている。質問すること自体が億劫なうえに、聞けば無知と思われるかもしれないという妙なプライドが邪魔をする。そんな心理的抵抗が沈黙を選ばせてしまう。

ハラスメントへの恐れが招く「職場の沈黙」

パーソル総合研究所がまとめた「職場での対話に関する定量調査」(2024年、全国の正規雇用就業者6000人、20~64歳対象)によれば、職場で本音を話せる相手が「1人もいない」と答えた人が50.8%に上った。この傾向は、とくに20代に「質問や相談をすると評価が下がるのではないか」といった不安が強く確認された。

現代の職場では、他人に聞くことが心理的危険性と認識されているようだ。その傾向は若年層だけでなく、中間管理職の中高年にまで及んでいる。

実際、上司と部下が私的な話題を避けるだけでなく、業務上の指導やフィードバックさえも「パワハラと受け取られるリスク」を恐れて、抑制する管理職が増えている。「職場の沈黙」を助長している一因が、ハラスメント規制の強化だ。

佐川急便
佐川急便の営業所で女性社員を「ちゃん」付けで呼び続けた男性に対して、東京地裁がセクハラと認定した。写真はイメージ(撮影:今井康一)

例えば10月23日、佐川急便の営業所で女性社員を「ちゃん」付けで呼び続けた男性に対し、東京地裁がセクハラと認定し、22万円の賠償を命じる判決を下した。親しみのつもりでも、呼び方ひとつで訴訟に発展する時代だ。

ハラスメントリスクへの過度な恐れは、上司部下の関係だけでなく、同僚間でも心理的安全性を低下させる。こうした「職場の沈黙」は、知識・情報の流れを悪化させ、知識創造の危機を招く。

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