「おう、佐藤、おまえはどういうつもりで営業しとるんや? そもそも不動産業をなんやと思っとる? おまえの理念を聞かせろや」
「はい、不動産は人生でも最も高い買い物で、同時に人生の一大イベントでもあります。その人生の一大イベントに携わって、お客様に満足してもらえれば、私自身のやりがいにもなり、まさにウィンウィンだと思います」
と、太一は当たり障りなさそうな意見を述べた。
が、西野は赤黒い顔でこちらを睨み、ビール瓶の底をテーブルに叩きつけた。
「やりがいだの客の満足だの反吐が出るわ! なにがウィンウィンの関係や! 数字が悪けりゃ儲けにならんのじゃ、この給料泥棒が!」
「この給料泥棒が!」
西野の突然の怒号に、会場は静まり返る。
「おまえはやっぱり我が社の理念を染み込ませなあかんわ! 社歌(しゃか)を唄えや! 余興や! 宴会芸や! おう、前に出ろ! おまえらも佐藤営業主任が唄いやすいように、手拍子したれや!」
太一は無言の圧力に引きずり出されるようにして、皆の前に立った。社員は皆が戸惑いの表情を浮かべつつも、手拍子を始める。宴会特有の、一拍目と三拍目で手を叩く音が会場に響きわたる。
社員らは、太一が唄い始めるのを待っている。しかし太一は社歌を知らない。手拍子をしている彼らとて、誰も社歌など知らないだろう。きっと西野は、太一が社歌を知らないことを知っている。わざとできないことをやらせようとしている。
軽やかな手拍子は太一をじりじりと追いつめ、草むしりのときと同じように背中にじっとりと汗が滲む。太一は乾いた唇を半開きにして、自分でもよく分からない笑みを浮かべて、その場に立ち尽くすばかりだった。
合同懇親会は、午後十一時にお開きになった。
結局、いつまでも唄い出さずに、棒立ちの太一を前にして、手拍子は次第に勢いを失い、最後には途絶えた。



















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