太一はデスクでおよそ四百字に及ぶ社訓を原稿用紙に書き写しながら、俺はいったい何をやっているのだろうかと思う。社訓にはまったく共感を覚えず、むしろ嫌悪感が募る。
その間も営業所には問い合わせ電話がかかってきて、内勤職員は忙(せわ)しなく対応をしている。
お電話ありがとうございます、坂戸営業所でございます、はい、こちらの物件につきましては、南向きでたいへん日当たりも良く、えぇ、お洗濯物もばっちりでございます──。
〈指示を待つな、努力を怠るな、掴んだ仕事は手放すな……。〉
夕方過ぎ、原稿用紙が百枚に達したころに西野がデスクへやってきた。
「どうだ、我が社の理念は体に染み込んだか」
「はい」
「無能を育てるんはな、骨が折れるんや。社訓写経はまだまだ序の口や。俺がおまえをまっとうな社会人にしたるからな、ありがたく思え」
太一は右手中指のペンダコができる部分に鈍い痛みを覚えつつ、無表情で再びもらすのだった。
「はい」
理不尽な罵倒は続く…“ルマンド事件”
そして社訓写経から二週間が過ぎたころ、今度は“ルマンド事件”が起きた。
昼下がり、太一は営業所近くのスーパー丸山へ買い出しに行かされた。買い物リストを見ながら、ボールペンやらクリップやらコピー用紙やら茶葉やら菓子やらを、買い物かごへ入れていく。店内に特割アナウンスが流れて、主婦が鮮魚コーナーに殺到する。
「ただいまより、メバチ鮪の切り落とし一パック、なんと二割引きとなりまぁす!」
平日の日中に、営業主任である俺はいったい何をしているんだろうかと思いつつ、レジへと向かう。傍(はた)から見れば、俺はいま死んだメバチ鮪と同じ目をしていることだろう。
営業所へ戻ると、西野はさっそく買い物袋を漁(あさ)り、そして激高した。



















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