坂戸営業所は、太一を含めて営業が三名、内勤が三名、経理担当の女子社員の能登(のと)さん、年配の男性事務職員が一人という人員構成だった。
西野は女子には甘く、契約社員には距離を置き、年配職員には興味を示さない。槍玉に挙げられるのは、直属の部下である営業主任の太一だった。
以前の所長も叱責はしたが、それは指導や教育の範疇で、どこか太一の成長を促している節があった。西野は違う。
「おまえが営業ノルマこなせないことで、営業所全体の士気が下がっとるんやぞ。分かっとるんか? おまえはチームワークちゅうもんを学んでこなかったんか? 親のしつけが悪かったんちゃうか? そもそもおまえの顔には知性が感じられんわ。ノータリンの顔しとるわ」
朝礼で職員の皆の前で罵倒され、太一は額に脂汗を滲ませる。他の職員は、我関せずと業務資料に目を落とす者もいれば、顔色を悪くしてこちらを見つめている者もいる。能登さんはどうしていいか分からないといったふうにおろおろとして、西野と太一とを交互に見ていた。
能登さんは、艶やかな黒髪で聡明そうな瞳をした、二十二歳の新卒社員だった。太一は彼女に淡い恋心を抱いていた時期もある。しかし仕事ができずに上司に罵られ続けている男性社員に、魅力を感じる女子はいないだろう。
「おまえ、写経やったことあるか?」
五月のある午後、西野は太一のデスクに原稿用紙の束を置いた。
「おまえ、写経やったことあるか?」
写経? 写経と営業、なんの関係があるんだろうか? 語呂しか似ていない。
「写経やるとな、集中力がつく。忍耐力が向上する。ほんで般若心経という言葉の羅列が、体内に染み込んでくる。おまえはまずな、我が社の理念を理解せんとあかんわ。今日は営業せんでいいぞ。その代わりに我が社の理念を理解しろ。その原稿用紙に写経みたいに社訓を書き写して、理念を体内に染み込ませるんや」
〈指示を待つな、努力を怠るな、掴(つか)んだ仕事は手放すな……。〉



















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