たとえば、小学校の校門前に、頭部や四肢がちぎれたネコの遺体が落ちていた――なんて通報が入れば、誰もが「ネコが異常者に惨殺されたのでは」と不安になるでしょう。
しかし、遺体に残された微量のDNAをPCR法(新型コロナの検査で使われたことで広く知られるようになりましたね)を用いて調べると、多くの場合、タヌキやアライグマ、イタチ、カラスなど野生動物のDNAが検出されます。
つまり、交通事故などで死亡したネコの遺体を、そのあとから野生動物が損壊した、というわけです。
また、「動物病院で診てもらっていたが、死んでしまった。診断や治療に不信感がある。獣医療過誤ではないか」という飼い主からの相談も多いのですが、これも悪質な事例はほとんどなく、たいていは獣医師とのコミュニケーションの齟齬(そご)がきっかけで起こるもので、多くの方は話を聞くだけで納得されますね。
法獣医学の現場ではこうした事例が大半であり、僕の経験上、事件性が認められるのは、せいぜい10件に1件程度です。ただ、その1件が重大な事件の兆しであることもありますので、「10件のうち9件は空振りだから」と見過ごすことはできません。
日本で2~3人しかいない
法獣医学は、動物愛護の意識の高い欧米で発達してきました。一方、日本ではその認知が遅れており、人材も予算も不十分です。
法獣医学を専門にしている獣医病理医は、日本国内に「数えるほどしかいない、もしくは2~3人」というのが現状でしょう。多くの仕事はボランティアで回っており、僕も依頼はたいてい無償で受けています。
それは獣医病理医として新しい知見を得るためでもありますし、できるだけ多くの動物の死因を病理診断によって明らかにすることが、動物だけでなく、人間とこの社会を守ることにつながると確信しているからです。
2019年に動物愛護法が改正され、それまで「努力義務」だった獣医師による動物虐待の通報が「義務」になりました。動物病院に連れてこられた動物に虐待が疑われる場合、獣医師は警察や行政に知らせないといけないのですね。動物虐待の罰則も強化されました。
SNSの普及によって動物の虐待や不審死などが、動画や画像とともにあっという間に拡散されるようになり、「これはおかしいのでは」と行政や警察に通報する人も増えています。日本でも少しずつ、法獣医学の必要性が高まってきています。


















