犯人がなぜそのようなことをしたのか――ネコのふん害などに腹を立てていたのか、単にネコを虐待したかったのか、理由はわかりません。獣医病理医である僕ができるのは、あくまでその動物の死の原因を突き止めることまで。人間の「犯人」の動機を探るのは、僕の領分ではありません。
解剖台の上に横たわる6つの小さな体が発する「声なき声」をしっかりと聞き取り、伝えるべきところ(この場合は捜査機関)に伝えるのみです。
3歳の雑種犬の不審死体
またあるときは、ペットとして飼われていた3歳の雑種犬の不審死体について、警察から検死依頼がありました。
飼い主の家族が外出先から帰宅すると、飼い犬がすでに息絶えていたそうです。家族が警察に相談に行き、その警察から僕のもとへ遺体が送られてきました。
解剖の結果、そのイヌは頭部をひどく損傷していました。頭蓋骨骨折、歯の破折、広範囲の出血……硬い鈍器のようなもので頭を何度も殴られなければ、こうはなりません。「このイヌは、頭部を執拗に殴られています」。僕はそう警察に伝えました。
その後、この事件ではめずらしく経過を知ることができ、飼い主自身がイヌを殴打していたことが判明しました。
警察に通報した家族は、そのことに気づいていなかったのでしょうね。実際の死因は窒息死で、飼い主はイヌの首にロープを巻きつけた状態で押さえつけ、頭部を損傷させたそうです。
遺体は頭部に損傷こそあれ、毛並みはよく、生前の健康状態は良好だったと推測できました。家庭で大切に飼われていたことが伝わってきます。そんなペットをなぜ殴打し、絞殺するに至ったのか――。動機は不明ですが、いずれにしても飼い主が突発的に暴力をふるったと考えられます。
ちなみに、このような動物虐待事件では、ペットをわざと傷つけたり病気にさせたりしたうえで、動物病院に連れてくる飼い主がしばしばいます。
飼い主として献身的に世話をする姿を見せ、周囲の同情や注目を得ようとする心理から起こる行動で、「代理ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれます。人間の児童虐待の現場でも、同様のケースがしばしばニュースになっています。
なんとも気の重くなる事例を2つ紹介しました。一方で、「一見すると事件性があるように見えて、実はそうではない」というケースも少なくありません。


















