伊藤忠商事の社長、会長を務めた丹羽宇一郎氏が昨年12月24日に亡くなった。享年86。経済財政諮問会議の民間議員を務めるなど論客として知られ、後には民間人初の駐中国大使となった異色の財界人だ。その丹羽氏が真価を発揮したのは、1999年9月中間期に約3950億円(連結で約2530億円)もの特別損失を計上して、不良債権を一括処理した時だろう。
今でこそ総合商社の利益番付で1、2位を争う伊藤忠だが、丹羽氏が社長に就任した98年にはバブル期の不動産投資による巨額の含み損を抱えて先行きが危ぶまれていた。格付けはつるべ落としとなり、ついにはジャンク債扱いに。
損失を一括処理し、役員報酬を全額返上
市場に背中を押された丹羽氏は「時間をかけて処理していては社内も持たない」と一括処理を決断した。99年10月のことだ。丹羽氏は役員報酬を全額返上すると宣言。先送り路線との決別をうたう不退転の姿勢は大向こうをうならせた。
この処理で伊藤忠の株主資本は三菱商事の2割強の水準まで減少。負債と資本の比率を示すDEレシオは16倍に跳ね上がった。さらに地価が下がったときのリスクバッファーが極めて限られる、危うい状態だ。
これを受けて「ついに丸裸・伊藤忠商事の総懺悔」という記事を書いた筆者は丹羽氏に呼び出され、「こんな記事を書いて、お前は恥をかくぞ」と怒られた。「先送りの責任は経営企画担当の役員だった丹羽さんにもあるのでは」と口答えして火に油を注いだ記憶がある。
実のところ、駆け出し記者の生意気な批判など歯牙にもかけていなかったに違いない。丹羽氏はこのときすでに、復活への手ごたえを強く感じていたはずである。




















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