林のいう「暗がり横丁」が正確にどのあたりだったのかはわからない。だけど西武線の線路脇に、ひょっとしたらこのへんのことかなぁと思しき横丁がある。
中井駅通りから小路に入り、パチンコ屋、カラオケ店、日本料理屋などがごちゃっとかたまっている場所だ。そこで昼間から地元の人たちで賑わうカウンターだけの居酒屋の暖簾をくぐった。
地元客の集まる居酒屋の暖簾の先には
ニラの玉子とじ(350円)、ポテトフライ(300円)、マカロニサラダ(250円)、サワー類(300円)などなど、500円を超えるメニューはざっと見たところビールの大瓶(680円)だけだ。
平日の昼間だが、互いをあだ名で呼び合う地元の人たちでカウンターはほぼ埋まっていた。すみっこに席を見つけ、下戸の私は烏龍茶を飲みながら話を聞いた。

「中井はさ、駅前が狭っ苦しいだろ、せめて車のロータリーを作ることができたら、バスが入ってこれるようになるから、もっと発展するんだけどねぇ」
と、ある客はサワーを傾けながらいうのだが、隣の紳士は次のように語る。
「いやぁ、だからいいんだよ。発展、発展っていうけどさ、発展なんかされちゃ、俺たちの居場所がなくなるよ。中井は今のままでいい、こんくらいがちょうどいいんだよ」
私は卵焼きをつつきながら訊いてみた。
「林芙美子が、昔は中井の駅の近くでおいはぎが出たって書いてるけど、かつてはそういう街だったんですかね」
前歯のない客が笑いながら言う。
「そりゃ中井に限ったことじゃないよ。戦前の東京はどこに行ってもそんな感じだったはずだ。みんな食うに困っていたんだ」
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