水難事故をめぐる危険な《3つの思い込み》とは? 水害から"命の時間"を稼ぐ「浮く道具」の最新進化

✎ 1〜 ✎ 16 ✎ 17 ✎ 18 ✎ 19
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

近年では、意識を失っても顔を上に保ちやすい構造の製品もあり、水中での姿勢保持にも効果がある。また、子どもだけでなく大人の事故も多いため、年齢を問わず着用が勧められる。

ライフジャケットを着ていると、ただ浮かぶだけでなく、川の流れの中で「動ける余地」が生まれる。例えば、流れに対して体を斜め45度に向けて、岸へと移動する「フェリーアングル(斜め横断)」、あるいは足を下流に向けて障害物から身を守る「ディフェンシブスイミング(防御的な姿勢)」といった行動がそれだ。

フェリーアングル
流れに対して体を斜め45度に向けて、岸へと移動する「フェリーアングル(斜め横断)」

つまり、ライフジャケットは「浮くだけの装備」ではない。「考えて動くための余裕」をくれる道具でもある。川の流れを利用して自力で脱出するという主体的な行動へとつながる。その第一歩が、ライフジャケットを「着けている」という事実そのものなのである。

ライフジャケットはレジャーだけでなく、台風や大雨による浸水・洪水など、水害時の避難にも有効な装備である。浸水した住宅から屋根へ逃れた際、流されても浮力を確保できるかどうかで生存の可能性は大きく変わる。自治体や学校の一部では、避難備蓄品としてライフジャケットの導入も始まっている。

ライフジャケットは「生き延びる権利」の象徴

もちろん、ライフジャケットを着けていれば絶対に安全、というわけではない。天井に押しつけられるリスクのある家屋内での使用、ガードレールに挟まれる都市型の水害など、「浮く」ことが逆に危険になるケースもある。しかしそれでも、ライフジャケットがもたらす「浮くという選択肢」が、状況打開の力になることは確かだ。

浮く住宅、浮く車、そして、浮く人間──。人は水に浮くことはできないが、浮く道具は獲得できる。

移動手段が水に浮くこと、着用装備が行動の余地を与えることは、自然環境に合わせて身体と暮らしの形を組み替える、人間の能力の表れでもある。さらに都市化や気候変動によって水に沈むリスクが個人にまで及ぶ時代において、ライフジャケットは「生き延びる権利」の象徴でもある。

橋本 淳司 水ジャーナリスト

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

はしもとじゅんじ / Junji Hashimoto

武蔵野大学客員教授。アクアスフィア・水教育研究所代表。Yahoo!ニュース個人オーサーワード2019。国内外の水問題と解決方法を取材。自治体・学校・企業・NPO・NGOと連携しながら、水リテラシーの普及活動(国や自治体への政策提言やサポート、子どもや市民を対象とする講演活動、啓発活動のプロデュース)を行う。近著に『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る 水ジャーナリストの20年』(文研出版)、『水がなくなる日』(産業編集センター)など。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事