人間の体は自然には浮きにくい。水に入れば、服は水を含み、恐怖や緊張で呼吸も乱れる。体は沈み、動けなくなっていく。
水難事故が報じられるたびに、メディアは「浮いて助けを待とう」「ひざくらいの浅さなら大丈夫」「大人がいれば安心」などの情報を発信する。しかし、それらは安全につながるアドバイスだろうか。結論から言えば、こうした言説は誤解を招きやすく、場合によっては命を危険にさらすことすらある。
「浮いて待つ」はあくまで流れのない水面で有効な対応であり、水の流れが複雑な川では体を浮かせて待つこと自体難しい。
「ひざ下なら安全」も間違った思い込みだ。流速が0.5メートル毎秒を超えると、ひざ下でも足元に数キログラム単位の圧力がかかり、簡単に踏ん張りを失って流されてしまう。
さらに見落とされがちなのが「大人がいれば安心」だ。事故の実態を見ると、大人の水難事故は少なくない。年代別で見ると、大人の事故は総数の約4割を占めており、幼児から中学生までを含む子どもの合計(約25%)よりも多い。同行者別に見ると「大人のグループ」が最も多く、全体の約38%に達している。
だからこそ、頼るべきなのは「人間の浮力」ではなく「道具の浮力」だ。すなわち、ライフジャケットの活用である。
「考えて動くための余裕」を得る
河川財団・子どもの水辺サポートセンターの菅原一成・主任研究員が訴えるのは、ライフジャケットこそが最も現実的で効果的な命綱だということだ。
ライフジャケットは水に落ちた際に体を浮かせ、顔を水面に出しやすくすることで呼吸を確保する装備である。とくに川のように流れのある場所では、自力で浮き続けることは難しく、ライフジャケットがあるかないかで生存率が大きく変わる。
「ライフジャケットを着ていない状態では、息を吸い込んだ直後は少し浮きますが、すぐに沈みます。水中では呼吸もできませんし、結果的に体力を消耗して沈んでしまうのです」(菅原主任研究員)
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