震災後、即、福岡へ移転 今後5年、東京で何があっても不思議はない--後藤玄利・ケンコーコム社長

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人材に関しては、配偶者が東京の会社に勤めているなど家庭の事情によって福岡へ移れない社員もいるので、部署単位で福岡に人を移すということはしていません。移転してからもうすぐ1年ですが、それでも支障はありませんし、何とか業務は順調に回っています。
 
 逆に転勤を希望する社員も何人かいました。子どもがいるので安心して過ごしたいということで、旦那さんに勤め先で異動願いを出してもらうなどして家族全員連れて福岡に引っ越してしまった女性社員も何人かいます。

現在、社員は東京オフィスに70人、福岡オフィスに80人おり、福岡オフィスが増え続けているような状況です。福岡はヒトを集めやすい。東京のように大企業がたくさんあるわけではないので、高学歴の人をはじめTOEIC950点以上といった人も応募してきています。

--東京、福岡、そしてご家族のいらっしゃるシンガポールを転々としながらの生活ですが、滞在時間はどこがいちばん長いですか。

月2回週末を絡めてシンガポールに行きます。ちょっと前まで週3日は福岡でしたが、最近は東京が多いですね。福岡オフィスが軌道に乗ってきたというのもありますが、外部の人と接触をする機会はやはり東京が多い。

日本はみんな東京が便利だからといって、離れることができないでいます。本当はこのパラダイムを変えないといけない。震災は絶好のタイミングだったはずなんですけどね。復興庁にしたってなんで東京なんかでやっているのか。

まずは公的機関が出て行くとか、一度分散させてしまえばみんな適合を始めると思うんですが、一極集中している限りは真っ先に出ていくのはアホらしいので誰も出られないでいる。このままでは日本は、ゆでガエルになってしまうと思うのです。

ごとう・げんり
1967年02月大分県で80年の歴史を持つ地場の製薬会社の創業家に生まれる。89年03月東京大学教養学部基礎科学科第一卒業、同年04月アンダーセンコンサルティング入社、同社の戦略コンサルティンググループ設立メンバー。94年うすき製薬取締役、同年11月ヘルシーネット(現ケンコーコム)設立、代表取締役就任。97年うすき製薬代表取締役(01年より取締役)、2000年05月ケンコーコムを立ち上げ。
(撮影:梅谷秀司)

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