家業を継いだからといって自分がどんな付加価値を出せるかピンとこなかった--後藤玄利・ケンコーコム社長(第2回)

家業を継いだからといって自分がどんな付加価値を出せるかピンとこなかった--後藤玄利・ケンコーコム社長(第2回)

--後藤さんは1920年に大分県で創業された老舗の家庭薬メーカー、「うすき製薬」の長男です。家業があり、社長というポジションもあったのに、なぜリスクを取って自らケンコーコムを立ち上げたのですか。

当時、うすき製薬は年商4億~5億円の会社で、利益率が高いから食いっぱぐれないだろうとは思っていました。しかし、このままではどんどん衰退してしまい、自分の代で食い潰してしまうんだろうなとも考えていました。家業を継いだからといって自分がどんな付加価値を出せるかがピンとこなかったんです。

大学時代もあまり勉強していませんでしたし(笑)、卒業していきなり会社を継いでも仕方がない。かといって、どこかの会社に入り一生勤め上げるつもりもない。ひとまず5年間どこかで働こうと思いました。

いちばん経営のセンスを身に付けられるところはどこかという視点で企業を探し、89年にアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社しました。決め手は、英語とITの両方ができる点。国際化の時代なので英語はしゃべれたほうがいいし、コンピュータはまだオタクのものでしたが、今後はITが世の中を変えていくんだろうなと思ったんです。

3~4年目で経営戦略を担当する部署に異動し、日本の名だたる大手メーカーなどの戦略策定に携わりました。ところが、90年代に入りバブルが崩壊し、案件も成長戦略から一気にリストラの方向に流れていったんですね。当時から大手企業のトップたちは、「もう日本の黄金時代のやり方ではダメ。自分たちは変わらなければいけない」という危機感を持っていました。

ただ、何万人、何十万人という従業員を抱えている状態で、それまでうまくいっていたやり方をガラッと変えて新しい方向に移していくことはできないと言うんです。そんな大手企業の悩みを聞いてコンサルティングをしているうちに、ゆっくり時間をかけて大手企業を変えていくのがしだいにまどろっこしくなってしまいました。

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