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ライフ #貧困に喘ぐ女性の現実

「教育虐待」が生んだ23歳女性の貧困、娘の人生を壊した《毒親一家》が背負う十字架のこの上ない重さ

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  • 中村 淳彦 ノンフィクションライター
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現在、母親は50代前半である。受験戦争が激しかった団塊ジュニア世代で、この世代には学歴にこだわる人が多い。子どもに無関心の父親、それと現在大学院生の2歳年上の兄の4人家族だった。

物心がついた頃から母親の過干渉と教育熱は異常だった。勉強が得意ではなかった環奈さんは常に厳しくあたられ、叱責され続けた。母親から褒められたこと、優しい言葉をかけられた記憶はない。勉強が得意ではないので、成績が原因の体罰。身体的虐待も日常茶飯事だった。ツラくてどれだけ泣いても、叫んでも、すぐ隣にいた父親と兄は無関心を貫いた。

「3歳とか4歳から、たくさんのドリルみたいなものをやらされました。漢字を書けるようにしろとか、英単語を覚えろとか。ノートに正確に何度も書き写しなさいとか、ちゃんと書けるまでご飯は食べるなとか、ずっとそんな感じ。

知らないことをたくさん覚えられないし、わからないことを正確に書けません。できないと引っぱたかれて、オモチャとかを全部とられて捨てられました。ゲームも、友だちと遊ぶことも全部禁止。寝ている時間以外はすべて勉強みたいな生活がずっと続きました」

小学校低学年のときは15時頃に学校から帰ってきて夜21時過ぎまで、夕食以外の時間はすべて勉強をさせられた。友だちと遊ぶこと、交流することも禁止されて、学校ではうまく人と話すことができなかった。小学校からイジメられるようになった。

「母とドリルの答え合わせをすると、必ずどこか間違えます。どうしても、たくさん間違える。間違えると母に物差しでぶっ叩かれて、『このバカ、アホ、無能』とか怒鳴られます。物差しで叩かれるのは痛いし、怒られるのは怖いし、ツライ。母におびえるようになって、小学校2年生のときにはここから逃げたい、家を出たいと強く思うようになっていました」

母親の言うがままに臨んだ中学受験の結末

環奈さんのことはすべて母親が決める。日々のスケジュール、服装、学校での人間関係、習い事、塾などなど、母親の言うままにやらなければならなかった。

母親に怒られるのが怖くて、言われたままの行動を続けた(写真:編集部撮影)

小学校3年生のときに中学受験することが決まった。母親が選んだ有名大手進学塾に入塾した。母親が決めた第一志望は、御三家の最難関女子校だった。偏差値はまったく足りなかったが、最難関校合格を目指して勉強をすることになった。

「私はイジメられていたので、学校そのものが苦痛でした。母の言う私立中学のことは全然わからないし、興味がなかった。怒られるのが怖いので言われたままに塾に通って、言われたままに模試を受けて、言われたままに志望校を書き込んでいました」

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【次第にエスカレートする教育虐待】

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