「いつ死んでもいい」89歳・ヘビースモーカー元女将の”人を見る目”は衰え知らずだった。老人ホーム職員が出会った個性的な入居者との思い出

入居者の伊藤さんは、一杯飲み屋の元女将。人を見る目、扱い方はお手のものだった(写真:kou/PIXTA)
老人ホームで出会う入居者たちの生きざま・死にざまは千差万別です。なかには驚くような人生を歩んできている人もいます。
本記事では、10年間老人ホーム職員として働いた川島徹氏の就労記『家族は知らない真夜中の老人ホーム』より一部を抜粋し、長年一杯飲み屋で女将をつとめ、酸いも甘いも嚙み分けた89歳の、芯の通った生きざまをお届けします。
「あそこに人が居る」同じ言葉を繰り返し…
「ほら、あそこに人が居る」
車椅子の伊藤ミネさんが畑のほうを指さした。
吹上町のグループホームでのことである。
夕食後、施設の玄関先で彼女がタバコを吸っているときだった。
突然の言葉に、えっ、と思う。
「どこ、誰も居らんが」
「居るがな。小さな人間が3人居るがな」
畑の向こうのどんぐりの木に葛蔓が巻きつき、紫色の花が垂れさがっている。「ほらほら、一番下の子がこちらを指さしているがな。笑っているがな」
ボテッとした葛蔓の花にかわいらしい小人がぶら下がっているというのだ。
「ほら、もうひとりも笑っているがな。あなたを見て笑っているがな。はら、ひとりが飛び移った。見て、あの小さな手」
次第に具体的になる話に、伊藤さんの認知症の世界に引きこまれそうになる。わたしは童話の『床下の小人たち』を思い出した。あの小人たちが頭のなかで動きだしそうになっていた。
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