「鳥山検校」「杉山検校」2人の視覚障がい者の生涯 豪快に全て失う鳥山検校と技術残した杉山検校

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大河ドラマ べらぼう 鳥山検校 杉山検校
杉山検校ゆかりの江島杉山神社(写真: night owl / PIXTA)
NHK大河ドラマ「べらぼう」では、江戸のメディア王・蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)を中心にして江戸時代中期に活躍した人物にスポットライトがあたっている。前回放送では、市原隼人が演じる鳥山検校が登場し話題となったが、盲人の最高位である「検校」を与えられた人物のなかには、後世に影響を与えた「偉人」と呼ぶべき人物もいる。連載「江戸のプロデューサー蔦屋重三郎と町人文化の担い手たち」の第9回は、大河ドラマ「べらぼう」をきっかけに注目されている「検校」について解説する。
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江戸を騒がせた「鳥山瀬川事件」とは?

吉原随一の花魁として知られる「五代目・瀬川」を、鳥山検校が大金をはたいて身請けしたらしい――。

安永4(1775)年、そんなニュースが江戸中を駆け巡った。身請けとは、遊女の身の代金や前借金などを代わって払い、勤めから身を引かせることを言う。

鳥山検校は1400両も払って、五代目・瀬川を身請けしたという。現在の紙幣価値に換算して約1億4000万円というから驚きである。「鳥山瀬川事件」(とりやませがわじけん)と呼ばれて騒ぎになったのも無理はない。

なぜ、鳥山検校はそれほど財を築くことができたのだろうか。その背景には、「当道座」(とうどうざ)という男性の視覚障がい者を保護する組織の存在があった。

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