【追悼・再録】外食王・小川賢太郎、資本主義「革命」の光と影、文字通り「波瀾万丈」を絵に描いたような人生だった
群れない小川賢太郎には、ほとんど友人がいない。数少ない一人が、通産官僚から日本サッカー協会専務理事に転じた平田竹男(現・早稲田大学教授)だ。サッカー論議からこの国のあり方まで、会えば話はエンドレスとなる。その平田でさえ、初めて小川の企業理念を聞いた時は、のけ反った。
「世界から飢餓と貧困を撲滅すること」。日々、牛丼を商うことが、どうして、世界から飢餓と貧困を一掃することにつながるのか。
本気である。最初に世界観がある。かのマルクスが言うように、人間は「類的な存在」だと思う。一人ひとりは人類全体の一部としての自分であり、一人ひとりが人類全体への責任を担っている。「だから、地球上に飢餓と貧困があるのはオレのせいだと思っている。自分のことのわけ。撲滅できなければ、オレの責任」。
ゼンショーは原材料の調達から加工・物流、店舗での販売まで一貫システムを設計し、「自分たちが汗をかいて」運営している。日本全国に物流センター24カ所、工場26カ所、店舗が4000店。「これをモデルに世界中でシステムを作る。世界で毎年、1400万人が餓死するが、食料が絶対的に足りないわけではない。偏在している。物流・保管が不備なところで飢餓が発生している」。システム化で世界中の食料偏在を解消し、ゼンショーの成長によって世界の雇用を拡大していく──。
壮大すぎて、にわかに肯ずけない。
が、小川が創業以来、この理念を掲げ、どの外食企業より高速成長を実現してきたことは事実である。一昨年、牛丼店の店舗数で吉野家を上回り、今年、日本マクドナルドの売り上げを抜き去って「外食日本一」の王座に着く。「達成感? 全然。日本マックを抜くためにやってきたわけじゃないんだから」。
東大中退し荷役会社へ 吉野家での“敗北”
フツーじゃない、と思われるのはむしろ本望である。「僕の基本的な考えは、ユニークであること。小川賢太郎は68億人の中に一人しかいないから、価値がある。原田(泳幸・日本マクドナルドホールディングスCEO)さんがどうのこうのは、青森の小学校に算数のできる子がいるぞ、と言われるのと同じ。関係ないだろう、そんなの」。
1968年、小川は東京大学に入学した。「いい時期に入った」。米国が連日、ベトナムを空爆し、街も村も焼き尽くしていた。毛沢東が文化大革命を発動し、カルチエラタンで学生と機動隊が激突した。世界中で矛盾が噴き出していた。



















