ピンピンコロリは長寿社会のためならず--『ご老人は謎だらけ』を書いた佐藤眞一氏(大阪大学大学院人間科学研究科教授)に聞く
いよいよ団塊の世代にも年金がフル支給になり、高齢者人口は3000万人超へ一気に増えていく。大衆長寿社会の「元気な老人」とどう付き合うか。その心得集。
──お年寄りは老い先短くてもなぜ気楽に生きていけるのですか。
専門的にいえば、エージングパラドックス。体力や体の機能は落ちるが、主観的な幸福感は高い。
まず、精神的にポジティブ。人生の残された時間が短くなると、人間は無意識的にポジティブなことに関心が向きやすくなる。心理学の認知実験で、悲惨な状況や楽しい状況を写真や映像で見せると、若い人は悲惨なほうに注目が行く。人間は若いときに危険回避を学習するからと考えられている。脳内にそう反応する組織ができている。
これに対して、お年寄りは楽しいほうに目が行く。うれしかったり楽しかったりの反応は、高等哺乳類にならないと出てこない。ただ、それはあいまいな印象で形作られる。記憶能力の衰えてきたお年寄りには、物事を詳細に覚えるのは難しい。怖かったことは忘れてしまい、楽しかったことも、そういうことがあったなという気分や感じで覚えている。記憶として思い出される範囲が限定的で、それもポジティブな部分の占める割合が大きい。
──「二次的コントロール」もキーワードとして出てきます。
心理学では、自分の欲求や願望に沿うように周りの世界を変えようとすることを「一次的コントロール」、現実の世界に合うように自分の内面を変えることを二次的コントロールと呼ぶ。お年寄りは、外の環境を変えるだけの力が自分に残されていないことを自覚しているために、ネガティブな状況に遭遇すると、無意識のうちに二次的コントロールを行う。そして、ネガティブな状況から受けるストレスを解消して、自分の状態をポジティブに保とうとする。
──「結晶知能」や「展望的記憶」に長けていることも手助けに……。
知的な能力や記憶力は歳を取ると衰えていくが、理解力や洞察力といった結晶知能や、近い将来に関する展望的記憶は、これまでの実生活で訓練を積んできているので、むしろ若者よりよい。知的な能力は、思考する、経験することで鍛えられるところがある。たとえば政治とカネの問題について、中高年は歴史的な事実を知っているので敏感に反応するが、若者たちは身をもって知らないのでぴんとこない。これも、結晶知能に関係している。
それだけ、お年寄りは自分の有能感が高くなる。こういうことは日常的にけっこうあり、歳だから引退したほうがいいと言われると、こんなことも知らないくせに、と反論する。いわば能力が衰えても悠々と暮らそうとする適応戦略の一つだが、経験知が大事なことは若い人もわかっている。それを大事にして伝えていく義務も、お年寄りにはある。もともと多くのお年寄りが自分を老人だと思っていない。