スカイマーク会長が退任直前に語った真実

井手会長に聞く、スカイ17年の軌跡<前編>

(撮影:大澤誠)

徐々に外堀を埋め、業績拡大への準備を進めてきた井手氏だったが、この間つねに経営危機と隣り合わせの状態が続いていた。

「これまで大きな危機には3度直面した。1回目が就航直後だ。

当時路線は羽田―福岡線のみで、2機で6往復していた。ところが、大手が福岡線だけ一気に値下げし、運賃競争に入った。続けて、九州北部のほかの空港に乗り入れる路線についても、福岡だけに流れるのを防ぐために値下げした。九州内で釣り合いを取るため、逆に九州南部の路線は値上がりした。われわれの搭乗率は、1999年6月には30%まで落ちた。不渡りを出す一歩手前だった。

そこで3機目を鹿児島に入れることにした。九州北部では運賃競争に入ったため皆厳しい。そんな中で鹿児島にも入って、南の運賃を下げようとした。そうして九州全体の運賃を下げれば、当時九州で全体の6割の収入を得ていた当時の日本エアシステム(JAS)が疲弊するだろうともくろんだ。そこで放出される発着枠を使って拡大しようという算段だった。

たまたま2001年9月11日の米国同時多発テロがあって、JASは経営危機に陥る。その後、日本航空(JAL)との合併で枠が回収再配分され、われわれの枠を増やすことができた」

機材変更の矢先に問題発覚

大都市を結ぶ幹線に入らなければ、運賃競争は終わらない、という持論を持っていた井手氏は、九州だけでなく、北海道や関西、沖縄に注目した。ただ、高い頻度で飛ばすとなると、より小型の機材が必要になる。

そこで当時運航していた「B767」から「B737」へと移行する計画が進んだ。しかし、次のステップに入ろうとしていた矢先に、またしても危機に直面する。

「B737へ移行するときに整備も完全に自立させようということで、大手との委託契約をやめようと動いていた。そんなときに修理期限の過ぎた機体で運航していた問題が発覚し、2006年4月に業務改善勧告を受けた」

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