今では二郎の顧問だけでなく、企業法務にも注力し、京王電鉄の社外役員をつとめる。弁護士として民暴対策に30年以上取り組み続け、暴力団の被害救済活動に汗を流してきた。
こうした弁護士の活動にも、ラーメン二郎顧問弁護士として得た経験が生かされているという。
「問題解決のスタンスとしては、どちらか一方が正しく、一方が悪いということはなかなかありません。こちらの痛みもわかれば、相手方の弱みもわかる。弱みがわかれば、どういう調整が必要かわかる。これはラーメン二郎の仕事で学んだと思います」
「同志」となったきっかけは学生時代の出来事
70歳になった今も二郎を食べ続けている。弁護士仲間らと「ラーメン二郎を食べる会」を年に3回ほど主催しているそうだ。
「食べ切れないので、小盛より小さいものを出してもらっています。でも、親父さんは私が学生として出入りしていた頃の記憶が強い。今でも勝手に大豚ダブルの野菜マシを出そうとしてきます。年齢を考えてほしいです(笑)」
金子弁護士が慶應義塾の大学院で学ぶ中で、後輩が三田本店でやらかした"粗相"を収める形で、山田さんと知り合った。このような形で「同志」を得られた弁護士も珍しいのかもしれない。
