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堂々巡りの「石丸論法」を育んだ京大という"土壌" 結論を「出せない」のではなく「出そうとしない」

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  • 鈴木 洋仁 神戸学院大学現代社会学部准教授
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「さん」付けをしたからといって、軽く見ているわけでも、バカにしているわけでもない。反対に、それなりの敬意をあらわしていると思われる。私は、面と向かっても「さん」で呼んでいた。

ただ、なんとなく「さん」よりも「先生」と呼びたくなる、ないしは、呼ばざるをえない雰囲気を持っている人ばかりだった。実際に、「さん」で呼んでいたのは、人文研の教員以外では、社会学者の大澤真幸さんひとりだった。

飲み屋での注文は「メニューの端から端まで全部」

人文研の教員といっても、私に付き合ってもらえたのは、フランス文学者の大浦康介さん(1951年〜)だったので、一般化しづらい。

大浦さんは、稀代のフランス語の使い手で、フランス語ネイティブから「フランス人よりもフランス語がうまい」と言われていた。専門は文学理論、それも、ジェラール・ジュネット(1930〜2018年)という難しい学者の理論を読み解いていた。

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また、中上健次(1946〜1992年)をフランス語に訳しており、京都大学のフランス文学者という、由緒正しい肩書きそのままの人物のように見えた。

授業に出てみると、10人にも満たない少人数相手に、そのころにフランスで話題になっていたauto-fictionをフランクに講じていたし、何より、たびたび飲みに連れていってくれた。

飲み屋さんでの頼み方は決まっていた。「メニューの端から端まで全部」というもので、学生にとってはありがたい限りで、遠慮なくたくさんいただいたし、何度もご自宅にお邪魔した。

ある冬休みには、「ロメオ」という名前の飼い犬のお守りに、鍵を預かって通わせてもらったし、私が大学を出て働き始めてからも、何度もお世話になった。

大浦さんは私ひとりを特別にかわいがってくれたわけではない(はずだ)。もっと言えば、京大には大浦さんのほかにも、彼と似たような先生がたくさんいた。コロナ禍を経た今の学生にとっては、そんな先生たちは都市伝説になっているのかもしれない。

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