それから、リーダーシップやチームビルディングの猛勉強をしていった。もっとも有用だったのはアドラー心理学。上下関係のないフラットな人間関係を築くことが、チームには必要だと学んだ。
それまでの田中さんは、人を能力で見ていたと回想する。死の危険すらある過酷なレースのため、体力はあるか、アウトドアの経験や知識はどれくらいか、などでメンバーを評価し、優劣をつけて、上下で見てしまっていたのだ。
ちょうどこのころ、チームの若い女性メンバーが、合宿中に夜逃げをしてしまう事件が起こった。早急に彼女と向き合って、関係性を修復する必要があったが、どうすればフラットな人間関係を築けるのかわからない。考えた末に田中さんが取ったのが、「感謝する」ことだった。
「本当に失礼なのですが、最初は彼女の何に感謝すればいいのか思いつかなかった(苦笑)。けれど、女性メンバーがいなければレースに出られないので、いてくれるだけで助かる、存在自体がありがたい、と感謝したんです。人間としての尊厳を認める、実はそれがアドラー心理学でいうところの、フラットな人間関係だったんです。彼女もチームに復帰してくれて、人間関係もよくなりましたね」
「当たり前」を過信していた
その一件以降、田中さんの中で「感謝」というキーワードが大きな意味を持つようになった。あるとき、「感謝の反対は何か」と考えたところ、「当たり前」という言葉が浮かんできた。
スイッチを押せば電気が点く、蛇口をひねったら水が出る。そんな当たり前のことに、現代人の多くは感謝をしない。けれどその当たり前は、災害などで簡単に機能が失われる脆弱なものであり、当たり前であることが実は奇跡である。そう考えるようになってから、自分もいかに「当たり前」を過信していたかに気づいたという。
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