映画監督上田慎一郎が語るクリエーティブの未来 「"意味不明な行動"なら人間はAIに負けない」
ーー上田監督は2022年にAIクリエイターと連携して映像制作を行う映画スタジオ「PICORE」の設立に携わっていますよね。AIを活かした映像制作には、どのような方法が考えられますか?
まず、脚本のたたき台作りでAIが活用できると思います。例えば「AとBの要素が入ったストーリーはどんなのがある?」と問いかけたら、それなりのものがパッと出てくるでしょう。話し相手がいないときは、ブレストのキャッチボールに付き合ってくれそうです。予算と人員の情報をもとに撮影スケジュールを組むような作業は、すでにできるのではないかと思います。
あとは作品を見ている最中の人の表情を収集して、観客がどのシーンでどんな感情になっているか分析することもできそうです。アナログでやると非常にコストがかかりますが、AIでできるようになれば「ここで何人笑ったからもっと盛り上げよう」とか「ここは誰も笑ってなかったからカットしよう」といった判断を公開前にできるようになったら便利ですね。
人間が出せる価値とは「意味不明なことをする」こと
ーーAIが進歩すると、映画や映画を作る人に求められるスキルはどのように変わるのでしょうか?
さまざまな変化があると思いますが、一つは「空間デザイン」のスキルが求められるようになるでしょう。
今誰もが持っているデバイスといえばスマホですが、10年後にはスマートグラスに移行すると言われています。すると、空間を使ったエンタメコンテンツが大量に展開されるようになる。それに伴い、今までは2Dの平面の中だけをデザインすればよかったのが、360度の空間デザインをする力が求められるようになるのです。
もう一つ必要なのが「パーソナライズ化」のスキルです。現在の映像コンテンツは、ほとんどの場合結末は決まっていますよね。それが今後は、視聴者に合わせてリアルタイムでストーリーが変わっていくような映像作品が生まれてくるのではないかと考えています。
ーー今もNetflixやAmazon Prime Videoなどのプラットフォームはパーソナライズされていますが、そうではなく、映像そのものがパーソナライズ化されるということでしょうか?
ええ。例えば将来『ゴジラ2030』といった作品ができたとしても、全員が同じ『ゴジラ2030』を見ることはないということです。怖いシーンが苦手な人には恐怖感を煽るような演出が出てこなくなったり、恋愛シーンでテンションが上がる人には関連する場面が多めに出たりするイメージです。
今もマルチエンディングのコンテンツはありますが、視聴者の嗜好や反応を取り入れながら、もっとリアルタイムにストーリーを変化させる作品が生まれてくるはず。この変化に対応するためには、テクノロジーのスキルや知識が必要になってくると思います。
ーーそんな中でも、クリエーティブな作品を生む上で人間でなければできないことはあると思いますか? ご自身の職業でもある映画監督に関連してお聞かせください。
映画監督の仕事の一つに「そのシーンにおけるOKを出す」ということがあります。これは、AIに大量の映画データを学習させれば、人間の代わりにできるようになるかもしれないとは思います。むしろ、ヒットした映画に倣って判断するだけであれば、AIの方が素早くできるでしょう。
ただ、過去作品に則って判断している限り、新しいものは生まれません。それを考えると、人間が出せる価値とは「意味不明なことをする」ことなのかなと思います。
ーー意味不明なこと?
過去作品のレールに乗るのではなく、いかにレールから外れるかを、人間が積極的にやっていくんです。
僕の場合、映画を作るときは「構築」「破壊」「再生」の3ステップを大事にしています。
「構築」とは、脚本を練ったりリハーサルを重ねたりして土台を固める作業のこと。「破壊」は、現場で思わぬことが起きて、2度と撮れないものが撮れた瞬間のこと。そして「再生」とは、破壊されたものを含めた編集作業を指します。
僕は「構築」の段階で徹底的に土台を固めるのですが、現場ではできるだけそれが壊れてほしいと思っているんです。「破壊」のプロセスがないと、作品が予定調和のつまらないものになってしまうから。そして3ステップの中でも、特に「破壊」は人間だからこそ生み出しうるものなんです。
今秋に公開予定の映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』の撮影でもたくさんの「破壊」が生まれましたが、言語化不可能な意味不明なものを「面白い」と感じて作品に取り入れることは、今のAIには厳しいように思います。70点や80点の作品であればAIにも作れそうですが、120点の作品を作ることは難しいでしょうね。