千葉・ユーカリが丘「人口増」ニュータウンの戦略 "自給自足"し続け50年、難題に挑む開発会社

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彼らの生活を支えるためにホテル、商業施設、さらにはエリア内のみ運行するモノレール線などもそろう、大規模のニュータウンが形成されています。

多くのニュータウンは、公的機関が主体となって街づくりをしていますが、この街では民間会社である「山万株式会社」が主導して街づくりを行っています。

しかも、山万はもともと紡績会社。この日の取材で街を案内してくれた企画開発部の池上雄太さんは「スタートは街づくりとは無縁だった」と話します。

ユーカリが丘の街の歴史について話す、山万の池上雄太さん
ユーカリが丘の街の歴史について話す、山万の池上雄太さん(写真撮影/土屋 比呂夫)

ただ求められるからつくり続けた 

「開発が始まる前の1960年代は、豊かな自然にかこまれ、宅地はほとんどなく、田畑や雑木林が広がるのどかなエリアでした」と語る池上さん。

時代は高度成長期、全国各地で人口は増え続け、住宅の供給も追いついていない状況でした。つまり地方から都市部に人がどんどん集まる時代。山万は繊維業から不動産業に完全に転換したのには、こうした人々のニーズに応えようとするものでした。そこをただの住宅開発販売にとどまらず、思い切って街を形成していくというのが興味深いところ。

ユーカリが丘のジオラマ
ユーカリが丘のジオラマ。自社の分譲地が模型で再現されている(写真撮影/土屋 比呂夫)

「住民から『これがあれば便利なのに』という声が上がる前に、必要になるであろう施設やサービスを手がけてきました」(池上さん)

例えば、駅周辺にはホテルを建設するほか、商業施設なども手がけました。また、映画館を誘致するために、まだ新しいビルを買い取ってそれを壊し、新たに商業施設の建設まで行ったそうです。

山万ユーカリが丘線
自主運営している鉄道、山万ユーカリが丘線(写真撮影/土屋 比呂夫)
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