マレーシア教育移住の「魅力」と「限界」

「国際自由人」の藤村正憲さんに聞く

マレーシアでの藤村さん夫妻。長男は日本人として初めて名門校、マルボロ・カレッジに合格し話題になった
藤村正憲さんといえば、ジョホール・バルの教育移住ブームを作った先駆者のひとり。2011年1月、一家は教育のため、一家でジョホール・バルに移住。当時5歳だった藤村さんの長男は、英国で歴史を持つマルボロ・カレッジのマレーシア校に、日本人第1号として合格し、マスコミなどで話題になった。
藤村さんは、投資顧問会社を経営し、アジア各地で日本の食料品や医療サービスを提供する街作りである「リトルジャパン」を先導してきた経歴を持つ。「国際自由人」という生き方を提唱し、3冊の著書もある。
そんな藤村さんが、2015年春、マレーシアを出て、オランダに一家で再移住することになった。いったいなぜ、マレーシアからオランダへ移るのか。マレーシアに足りないものは何だったのか。聞いてみた。

 

ーーマレーシアに教育移住されてから4年経ちました。藤村さんが来てから、ジョホール・バルはどのように変わりましたか。

ジョホール・バルのユニークなところは、マレーシアにありながら、シンガポールに近いこと。まるでシンガポール郊外にいるように生活ができることです。しかし2010年の時点では、日本人会によれば、駐在員以外で家族で移住しているのはたった2世帯。当時は生活も不便で、日本人が移住するのは無理だと言われました。

日本人が多すぎるという弊害も

それが今では移住者のコミュニティもでき、減り続ける駐在員と入れ替わるように、教育移住者が増えてきた。学校によっては日本人が多すぎることによる弊害も出てきたくらいです。マルボロ・カレッジだけでも日本人は30人はいるのではないかと思います。生活は便利になり、移住をサポートする業者も現れ、私の役目もひと段落したのかな、と思っています。

ーー息子さんは、マルボロ・カレッジには2012年8月から2015年3月まで通いました。学校生活はいかがでしたか。

学校にはすぐなじみ、各国からの友達もでき、息子も私たち夫婦もマルボロ・カレッジが大好きになりました。年間成績優秀者で表彰されたり、徒競走や水泳で学年一番になるなど、頑張ってくれたと思います。

マレーシアは、初めて移住する人の選択としては大変よい環境だと思います。多民族、多言語、多分化の国で、非常に親日的でもある。海外を知らない日本人にとっては、彼らのなんでも受け入れてくれる「緩さ」はありがたいでしょう。

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