ところで、あの六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と、亡くなった前の東宮とのあいだに生まれた姫宮が、斎宮(さいぐう)として伊勢神宮に仕えることとなった。御息所は、光君の気持ちもまったく頼りにならないし、娘がまだ幼いから心配だという口実で、自分も伊勢神宮に下ってしまおうかとずっと考えている。
この噂(うわさ)を聞いた桐壺院は、
「我が弟の亡き東宮が深く愛してたいせつにしていた御息所を、あなたがそのへんの女と同じように扱っているのは気の毒なことではないか。斎宮も、私の皇女たちと同じように思っているのだよ。亡き東宮の気持ちを思っても、私の気持ちを考えても、御息所をぞんざいに扱うべきではない。いい気になって浮気などをする者は、世間から非難を受けることになるぞ」と機嫌が悪いので、光君はまったく仰せの通りだと心から思い、恐縮してそれを聞いている。
「相手に恥をかかせるようなことなく、だれをも傷つけることのないようにちゃんと扱って、女の恨みなど買わないようにしなさい」
院に言われた光君は、もし藤壺との不届きな恋の一部始終が知られたらいったいどうなるのだろうとおそろしくなり、かしこまってその場を退出した。
丁重に扱いながら、正妻としては迎えない
自分と御息所のことは院の耳にまで入っていてあんな忠告を受けたのだ、御息所の面目のためにも、自分のためにも、あまりにも浮気っぽく見苦しい振る舞いはやめようと思い、以前よりいっそう丁重に扱いながら、しかし光君は彼女を正妻としては迎えない。御息所も、自分がずっと年上なのを恥じて、光君に遠慮し、何も求めない。光君はそれをいいことにうやむやにして、今や院の耳にも入り、世間でも知らない人はいなくなったというのに、自分を正当に扱おうとしないことに、御息所は深く嘆き悲しんでいた。
このような噂を聞いた朝顔(あさがお)の姫君(式部卿宮〈しきぶきょうのみや〉の姫君)は、自分はなんとしても六条のお方の二の舞にはなるまいと強く思い、これまで光君の手紙に少しばかりは返事をしていたが、それもめったにしなくなった。そうかといって無愛想になるでもなく、気まずい思いをさせるわけでもない姫君を、やっぱり並の女ではないと光君は思うのだった。
左大臣家の葵(あおい)の上(うえ)は、ふらふらと定まらない光君の心を憎んでいた。けれどこんなにも自分の浮気を隠さない人に何を言っても仕方がないだろうと思い、恨み言も言わずにいる。その葵の上はつわりがひどくて気分がすぐれず、ひどく心細そうにしている。光君は、妻のはじめての懐妊を心からよろこび、妻をいとしく思いはじめていた。左大臣家では、だれも彼もが葵の上の妊娠をよろこびながらも、不吉なことも思い浮かんで不安になり、安産を祈ってさまざまな物忌(ものい)みをさせている。こうなると光君も気の休まる時がなく、いい加減に思っているわけではないが、やはり六条御息所を訪れるのも間遠になってしまう。
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