そんな中、あえてAを止める機会があったとすれば、どの地点かを振り返り、盲目的に子どもを信じず、子どもの異変に気付く義務があることや、「愛情を注ぐこととそれが伝わっているかは別である」という点を教訓として共有することに意味があると思い、執筆しました。
Aの親子の手記を読み比べてみて、いちばん教訓として感じたことは、無償の愛で育てた親の思いが、子どもに伝わっていなかったということでした。Aは“愛情不足”だったと、専門家によって結論づけられています。Aのご両親の大きな愛は、どこで“消えて”いたのでしょう。Aは特殊な精神の病を抱えていましたが、それを別にしても親なればこそ厳しすぎたり、盲目になったりするのは多くの親がすることです。
子どもを信じることすら、子どもによっては拒絶されます。Aは最初の取り調べを受けているとき、逃げられない証拠をつきつけられて、もう終わりだと観念しても、「母親には何と説明すればいいだろう?(中略)母親はきっと僕のウソを鵜呑みにして、また僕を全面的に信じるだろう。僕にはそれが耐えられなかった」と回想しています。
「愛したが伝わっていなかった、信じすぎてもダメ、家族の存在も犯行の抑止力にならなかった」。これはどの家庭でも起こりえる状況なだけに、はたして親としての愛情が愛情として子どもに認識されているのか、また小さな異変でも親が敏感に察知できているのかを問い直すことが重要なのだと思います。
「絶歌」の内容は極めて残念
ここまではAが少年であったことから、親の責任が取りざたされましたが、今問題なのは「少年A」がすでに「中年A」になり心の病気も治ったとされる中で、「絶歌」が出版され多くの人を苦しめている点です。
私は、「絶歌」は全体的に読み手を失望させる駄作だと思います。日々、被害者とその遺族、そして迷惑をかけている自分の家族への謝罪と贖罪の日々を過ごしているものと想像していましたので、内容は極めて残念なものでした。
被害者遺族や自分の家族への贖罪意識は、部分的・瞬間的には本心だったとしても、継続性・一貫性はないに等しいです。Aの手記には“軽い反省の弁“がつづられていますが、猟奇的な部分や出所後の生活をあれほど詳細に書けるAだけに、その取ってつけたような淡白な”謝罪意識“が浮いて見えます。Aの“謝罪”には行動が伴っていません。
これほどまで困難な道に追いやっている両親と、10年以上も連絡を絶ち心配させています。親の心情を思うなら、これはできることではありません。そして厳然たる事実は、被害者家族を無視して出版に踏み切ったこと、および遺族側から出された出版撤回の要望に対し、5万部増刷という形で答えたことです。
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