「女子野球のパイオニア」が破ったガラスの天井 片岡安祐美「"女性だから"と思っていたのは私」

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順調に見えるキャリアの裏で、片岡さんは監督という重圧と女性であることを負い目に感じ、うつ病寸前まで追い詰められる。

そして、監督を始めて4年目、「監督辞任」の文字が頭の中で明確になっていく。チーム創設10年目の記念の年だった。

片岡さん:ナイターの練習中に、外野の芝生スタンドに座って、みんなの練習を遠めに見ながら父に電話を掛けたんです。「監督を辞めて、熊本に帰ろうかな」って。

「監督を辞めて、熊本に帰りたい。お父さん、また一緒にユニホーム着て野球やろうよ」

娘の言葉に、父はただ静かに「そうか」と返した。

片岡さん:父は反対しませんでした。ただ、チーム創設10周年となる記念のシーズンまではちゃんとやった方がいいと。

私も、「確かにそうだよね、とりあえず、そこまでは頑張る」と伝えたんです。

よみがえった「野球が好き」という気持ち

今シーズンが終わったら、監督を引退する。そう決心したことで、残りの日々のカウントダウンが始まった。いったん決めてしまうと心は軽い。

バッティングピッチャーとして投球したり、気分転換で打席に立ったりすることで、野球を始めた頃の「野球が好き」という気持ちがよみがえる。次第に気分も晴れて、笑顔も増えていった。

すると、監督である片岡さん自身の変化が、選手たちを変えた。笑顔で楽しそうに野球を楽しむ彼女を見て、選手たちも気軽に声を掛けてくれるようになったという。

いつからか、選手たちから「安祐美監督を胴上げするために頑張ります」という言葉も出るようになる。監督としての残りの日々を決めたことで前向きになった片岡さんを中心に、チームは徐々に一丸となっていった。

結局、片岡さんはシーズンが終わっても、チームの監督を続けることになる。2014年、茨城ゴールデンゴールズは全日本クラブ野球選手権大会で3度目の優勝を果たしたのだ。

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