体全体も混乱し、矛盾する知覚データを矢継ぎ早に脳に送り、通常の方向感覚は失われてしまう。その結果吐き気を催すことも少なくない。
さいわい、時間が経てば、ほとんどの人間は知覚入力信号の変化に適応できるので、体には何の問題もなくなる。しかし、なかには立ち直れない人もいる。ありがたいことに、その影響はたいてい一時的なものだ。
地球上では重力によって足のほうへと引っ張られている体液も、宇宙滞在中はこの力を受けないので、体内で本来とは違う場所に移動する。多くの宇宙飛行士が宇宙に達した直後から頬がシマリスのように膨らむのはこのためである。
おかげで体は、体内に水分が多すぎると思い込み、余分な水分(と錯覚したもの)を捨てようとする。その手段の1つが排尿量を増やすことだ。その結果、血液量が平均で約20%低下する。
また、心臓は重力に抵抗して働く必要がなくなるほか、下半身から戻る血液が減少する(人間が普段歩くとき、脚の筋肉が収縮して血管を圧迫し、血液が心臓に戻るのを助けている。しかし宇宙では地上にいるときのようには歩かないので、血液が戻るのを助ける作用もない)。
これらのことが相まって心筋は弱まってしまう。血液を汲み上げる働きがにぶると、心筋があまり使われなくなり、血圧は下がる。
重力のある場所に戻るときに生じる問題
このように血液量と血圧が低下した状態にある人間が重力のある場所に戻るときには、注意が必要だ。
重力のある環境に戻ると、脳血流が不足して立ちくらみや失神が起こることが多いが、これは宇宙で体液が減少し、心筋や下肢筋肉が萎縮しているために、重力環境で脳まで血液が上がりにくくなって起立性低血圧を起こすからである〔訳注 これを防ぐために帰還時には下半身を締め付けるウエットスーツのようなものを身に着け、大気圏突入直前には2リットル程度のイオン水を飲むなどの措置が取られるようになっている〕。
これは重大とはいえ一時的な問題だが、もっと深刻なのが骨強度と筋肉量の低下だ。
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