企業機密か観光か、悩める八幡の"世界遺産" 思わぬ展開に新日鉄住金と北九州市は大慌て

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「ああいった技術流出を二度と起こしてはならない」(八幡製鉄所関係者)。技術流出はOBがかかわったとされているが、現在はとにかく写真撮影には厳しい制限がかけられている。

新日鉄住金の対応は本当に厳格だ。世界遺産候補となっている旧本事務所は製鉄所の構内にあるため、北九州市が資金を出し、4月に製鉄所の外から見える無料の眺望スペースを作ったが、ここから製鉄所内の撮影も禁止された。新日鉄住金の対応について、北九州市の市議会では「旧本事務所まで遠いうえ、写真撮影も禁止で、失望したという観光客もいる」と問題視する声が相次いだ。

こうした声を受けて、新日鉄住金も徐々に観光体制を整えつつある。時期は未定だが、「観光バスによる受け入れの検討を始める」と表明。旧本事務所の眺望スペースからの写真撮影についても検討を始めるなど、「可能な限り協力する」(広報)方針に軟化している。

ただ、課題も多く残る。旧本事務所の正面には観光客が集まれるスペースがなく、外観の写真を撮ったり説明を受けたりするためには、道路にはみ出さなければならない。15日の報道陣への公開に際しても、バスや大型トラックが通りかかるたびに製鉄所の所員が注意を呼びかけていた。

また、中間市にある遠賀川ポンプ室の周辺は住宅地。そのうえ、最寄りの駐車場からは徒歩で15分もかかる。実際に訪れてみたが、河川沿いにあるポンプ室のすぐ裏手には民家が存在する。周辺の住環境を維持しつつ、観光客への対応も進めるという困難な作業が伴うことになる。

市の観光振興策には含まれず

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遠賀川水源地ポンプ室は住宅地のすぐそばにある

悩ましいのは新日鉄住金だけでなく、北九州市も同じ。市内は八幡製鉄所以外にも、門司など大陸貿易や鉄道の起点として栄えた近代化遺産が多く存在する。市は、JR門司港駅などレトロな建物を観光地として1970年代から整備しており、大きな観光資源となっている。

ところが、北九州市がこれまで進めてきた近代化遺産の振興策には含まれてこなかった、八幡製鉄所の施設が世界遺産候補となった。いずれも製鉄所の敷地内にあるため、地元民ですら馴染みの薄い施設ばかり。北九州市の井上保之・世界遺産登録推進室長は「今回の経済効果は未知数。これから環境整備に向けてスタート地点に立とうとしているところ」と困惑ぎみだ。

企業の機密事項や周辺住民の暮らしを守りながら、どうやって観光客の要望を受け入れるのか。一抹の不安を抱えつつ、関係者は28日から始まる世界遺産委員会の決定を、かたずをのんで見守っている。

松浦 大 東洋経済 記者

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まつうら ひろし / Hiroshi Matsuura

明治大学、同大学院を経て、2009年に入社。記者としてはいろいろ担当して、今はソフトウェアやサイバーセキュリティなどを担当(多分)。編集は『業界地図』がメイン。妻と娘、息子、オウムと暮らす。2020年に育休を約8カ月取った。

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