着物にすっぽりとくるまって寝ている姫君を無理に起こして、
「これ以上私に情けない思いをさせないでおくれ。いい加減な男が、こんなふうに親切にするものか。女は素直がいちばんですよ」などと、もう教育をはじめている。姫君の顔かたちは、離れて見ていたよりも、ずっとうつくしく気品に満ちている。光君はやさしくあれこれと機嫌をとりつつ、うつくしい絵やおもちゃなどを持ってこさせ、姫君の気に入るようなことをいろいろとやって見せる。ぐずぐずと起き出した姫君はその絵などを見るが、よれよれになった鈍色(にびいろ)の喪服を着て無邪気に笑っているその姿があまりにもかわいらしく、眺めている光君もつい頰をゆるめる。
光君が東の対に行ったので、姫君は部屋の端まで行って庭の木立や池のほうをのぞいてみた。霜枯れの植えこみは絵に描いたように趣深く、見たこともない四位、五位の人々が、それぞれ黒や緋(ひ)の着衣の色を交えて、ひっきりなしに出入りしている。本当にすばらしいお邸なんだわ、と姫君は思った。屛風など、心惹かれるような絵が描かれているのを見ながら気持ちを紛らわせているのも、なんともあどけないことである。
姫君をなつかせようと
光君は二、三日参内(さんだい)もせず、姫君をなつかせようとずっと相手をしている。そのままお手本になるようにというつもりなのか、手習いや絵をあれこれ描いては姫君に見せている。とてもみごとなものがたくさん描き上がった。
「知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ(古今六帖/武蔵野と聞いたけれど恨み言も言いたくなる。それも武蔵野は紫草ゆかりの野だから)」という古歌を、光君は紫の紙に、墨の跡もみごとに書きつけた。姫君はそれを手にとってじっと眺める。脇にちいさく
ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを
(まだともに寝ることはできないけれど、いとしくてならない。武蔵野の露を分けかねている草(藤壺(ふじつぼ))の、そのゆかりの人が)
と書いてある。
「さあ、あなたも書いてごらん」と光君は言うが、
「まだ上手には書けません」姫君は光君を見上げて答える。その様子もじつにかわいらしく、光君はついほほえむ。
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