京から迎えのお供たちがやってきて、快方に向かったお祝いをし、帝(みかど)からのお見舞いを伝える。僧都は、お供たちが見たこともないような果物を山の谷まで採りにいき、光君をもてなした。
「今年いっぱいの山ごもりの誓いがありますので、京までお見送りにいくこともできませんが、かえって名残惜しい気持ちでございます」と僧都は酒を光君に差し出した。
「この山川の景色に心が残りますが、帝からご心配とのお言葉がありましたのも、畏れ多いことですので……。またすぐに、この桜の咲いているあいだに来ることにします。
宮人に行(ゆ)きて語らむ山桜風よりさきに来ても見るべく
(帰って宮中の人たちにこの山桜のうつくしさを語って聞かせましょう。花を散らす風が吹かないうちに見にくるように)」
と言う光君の姿ばかりか声音までも、まぶしいほど立派である。
出立の準備
優曇華(うどんげ)の花待ち得たるここちして深山桜(みやまざくら)に目こそ移らね
(あなたさまにお目にかかりましたのは、三千年に一度咲くと言われている優曇華にめぐり合わせたような気持ちで、この山奥の桜などには目も移りません)
僧都が詠むと、
「長い時の後に一度咲くというその花とは、めったに出合えないとのことですから、私とは違います」と光君はほほえんだ。聖は盃(さかずき)をもらい、
奥山の松のとぼそをまれにあけてまだ見ぬ花の顔を見るかな
(引きこもったままの奥山の松の扉を珍しくも開けて、まだ見たことのない花のようなお顔を拝見いたします)
と涙をこぼし光君を拝み、お守りにと、密教の仏具である独鈷(とこ)を光君に授けた。僧都は、聖徳太子が百済(くだら)で手に入れた金剛子(こんごうじ)の数珠を玉で飾ったものを、百済から入れてきたままの唐風(からふう)の箱に入れ、透かし編みの袋に入れて、五葉松の枝に結びつけ、さらに、紺碧(こんぺき)の瑠璃(るり)の壺(つぼ)にいろいろな薬を入れて藤や桜の枝に結びつけ、こうした場所柄にふさわしい数々の贈り物を光君に捧(ささ)げた。あらかじめ用意していたさまざまの品を取りに京へ人を送ってあったので、光君は、聖をはじめとして、読経した法師たち、近辺の木こりにまで、相応の品々を贈り、誦経(ずきょう)の料を渡して出立(しゅったつ)の準備をした。
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