若紫 運命の出会い、運命の密会
無理に連れ出したのは、恋い焦がれる方のゆかりある少女ということです。
幼いながら、面影は宿っていたのでしょう。
忘れがたく恋しい女童
弟子が去ると、すぐに僧都(そうず)がやってきた。法師とはいえ、世間からも尊敬される重々しい人物で、光君は地味なお忍びの姿が決まり悪くなる。このように山中にこもって修行している暮らしのことを話した後に、「変わりばえのしない草庵(そうあん)ですが、いささか涼しい水の流れでもご覧に入れましょう」と、僧都はしきりに誘う。まだ自分を見たことのない女性たちに、僧都が大げさに自分のことを話していたのを思い出して恥ずかしくなる。けれどあのうつくしい女童のことも気になるので、出向くことにした。
僧坊は、格別念入りに、木や草をも風情ゆたかに植えしつらえてある。月のない頃なので、遣水(やりみず)のほとりで篝火(かがりび)を焚(た)き、軒先の灯籠(とうろう)にも火が入れてある。来客用の南側の部屋は、じつにさっぱりと整えてある。部屋に焚かれた薫香が奥ゆかしく香り、仏に奉る名香(みょうごう)も部屋を満たしている上、光君の着物に焚きしめた香も風が運び、奥の部屋の女たちもなかなか落ち着くこともできないでいる。
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