若紫 運命の出会い、運命の密会
無理に連れ出したのは、恋い焦がれる方のゆかりある少女ということです。
幼いながら、面影は宿っていたのでしょう。
花々が色とりどりに咲き乱れ
明け方近くなり、法華三昧(ほけざんまい)をお勤めする堂の、懺法(せんぼう)の声が、山から吹き下ろす風にのって聞こえてくる。じつに尊いその響きが、滝の音と響き合っている。
吹きまよふ深山(みやま)おろしに夢さめて涙もよほす滝の音かな
(吹きすさぶ深山おろしの風にのって聞こえてくる懺法の声に煩悩の夢もさめて、感涙を誘う滝の音であることよ)
と光君が詠むと、
「さしぐみに袖ぬらしける山水(やまみづ)にすめる心は騒ぎやはする
(はじめておいでのあなたはこの山川の音に感涙で袖をお濡らしですが、心を澄ましてここに住むわたくしは動かされることもありません)
もう聞き慣れてしまいました」
と僧都(そうず)は返す。明けてゆく空はたいそう霞んでいて、山の鳥たちが姿を見せずさえずりあっている。名前もわからない草木の花々が色とりどりに咲き乱れ、まるで錦を敷いたかのようだ。そこへ鹿が立ち止まりながら歩いていくのも光君には珍しく、気分の悪いことも忘れてしまった。聖は身動きするのも不自由な様子だが、やっとのことで護身の修法(ずほう)を施した。陀羅尼(だらに)を読み上げる聖の、しわがれた、隙間の空いた歯からゆがんで絞り出される声は、しみじみと尊く聞こえる。
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