「容貌もたしなみも、相当のもののようでございます。代々の国守が、格別の心遣いをして求婚しているようですが、いっこうに承知しません。『この私がこうして虚(むな)しく落ちぶれているだけでも無念なのだ。このたったひとりの娘の将来については私に特別な考えがある。万が一私に先立たれて、この志がかなえられず、私の思い決めている運と食い違うようなことがあれば、海に身を投げてしまえ』と父親が常に遺言をしているのだそうですよ」
と話すのを、君はおもしろく聞いた。
「海の龍王のお妃(きさき)にふさわしい秘蔵娘というわけか。高望みもつらいところだ」
と、お供の者たちは言い合って笑う。
この明石の話をしたのは、播磨守(はりまのかみ)の子で、今年六位の蔵人(くろうど)から五位に叙せられた良清(よしきよ)という男である。お供の者たちは、
「実際、好き者のあなたのことだ、その入道の遺言を反故(ほご)にしてやろうという魂胆なんだろう」
「それで入道の家のまわりをうろうろしていたのか」と、口々に良清をからかう。
「いや、そうはいっても田舎くさい娘だろうよ。子どもの頃から明石なんて田舎で育って、頭の古い親の言いつけを守っているだけなんてね」
「母親はいい家柄の出らしいよ。きれいな若い女房や、女童たちを、京の身分ある家々からつてを頼ってさがし集めてきて、ぜいたくな育て方をしているそうだ」
「風情のない娘に育ってしまったら、そんなふうに田舎に置いて高望みをしているわけにもいかないからね」
などと口々に話している。
旅寝の経験がない光君は興味を引かれ
「けれどどうして明石の入道は、海の底までなんて深く思い詰めているのだろう。はた目にもうっとうしい話だね」と言う光君は、並々ならぬ関心を抱いたようである。
並外れて風変わりなことにご興味をお持ちになる性分だから、こんな話にも興味を覚えてしまわれるのだろう、とお供の者たちはそれぞれこっそりと思うのだった。
「もう日も暮れてきましたが、ご発作もお起こりにならなくなったようです。さっそくお帰りなさいませ」
とお供の者が言うが、聖が止める。
「物(もの)の怪(け)も憑(つ)いているご様子でございましたから、今晩はやはり静かに加持をなさいまして、明日お帰りになるのがよろしいかと思います」
それももっともなことだと一同は言い、このような旅寝の経験がない光君は興味を引かれ、「それでは明け方に帰るとしよう」と言った。
次の話を読む:光君が「まだ年端もいかぬ少女」の虜になった事情
*小見出しなどはWeb掲載のために加えたものです
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