「3大ハッピーホルモン」が多い人がしている習慣 医師が教える「人に優しい人が受けるメリット」

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

一度でもこんな思いをすると、後味が悪いだけでなく、相手に対する気遣いを後悔する気持ちが生まれます。人に優しくできない人の多くは、こうした経験がベースになっていることが少なくありません。

自分が相手に優しくしても、相手は何もしてくれなかったり、「ありがとう」の一言すらない……というのは、意外によくあることです。そんなことが続くと、いつの間にか「人に優しくしても、自分が損するだけだな」と思うようになります。

自分が損をすると思ってしまうと、人が困っていても「見て見ぬふり」をしたり、「気づかぬふり」を装って、そうした場面を避けるようになるのです。

優しさの見返りを求めてしまう

自分が嫌な思いをしないために、できるだけ無関心な態度を取っていると、「あの人は冷たい人だ」と言われるようになります。自分を守るために、面倒なことを避け続けているだけで、周囲の人の目には「あの人は優しくない人だ」と映ってしまうのです。

なぜ、こんな矛盾したことが起こるのでしょうか? それは自分では意識していなくても、人に優しくすることに、何らかの「見返り」を求めていることに理由があります。

相手のためと思って、何かをしてあげるときには、すごく喜ばれるとか、うれしそうに「ありがとう」と言われることを、心のどこかで求めています。場合によっては、「あなたから受けた恩は、一生忘れない」と、こちらの想像以上に感謝されることを、密かに期待しているのです。

相手が期待通りの反応を見せてくれれば、それだけで満足することができますが、そうならない場合には、釈然としない気持ちになります。

自分が満足できるような見返りが得られないと、「あまり喜んでいないのだから、ムダなことをしたかな」と思い始めて、何となく「損をした」ような気分になってしまうのです。

こうした受け止め方は、日本人特有のものだと思います。「ギブ・アンド・テイク」という言葉があるように、欧米人は相手にギブをしなければ、テイクはないという発想をしています。

こちらが何もしていないのに、向こうから何かしてくれることは基本的にはないと思っており、相手に何かしてあげても、必要以上に感謝を求めるような気持ちはありません。

相手にギブをして、何の見返りもなければ、それは自分の見当違いですから、「悪いのは自分」と考えて、相手を恨むようなことはないのです。

関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事