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盲目的「推し活」が人間関係に及ぼすマズい影響 「欠点の見えない推し」を推し続ける事の欠点

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  • 熊代 亨 精神科医・ブロガー
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無条件に愛してくれるように体験されるソーシャルゲームのキャラクターや、SNS上で「いいね」をつけてくれる誰かにしてもそうです。それで承認欲求が充たされる、そうしたキャラクターや「いいね」が鏡映自己対象として体験されてナルシシズムが充たされる、そのこと自体はいいでしょう。

でも、ディスプレイの向こう側の鏡映自己対象は、ディスプレイのこちら側の身近な誰かを鏡映自己対象として体験するための練習相手にはなってくれません。この場合も、ナルシシズムの成長に必要な〝適度な幻滅〞がキャラクターとの間柄のなかで体験できるとはあまり思えません。

「適度な幻滅」が発生するかどうかが境目

である以上、キャラクターを介したナルシシズムの充足では、その熟練度が高まる可能性がほとんど期待できないのです。コフートは、自己愛パーソナリティのクライアントをじかにカウンセリングし、根気強く付き合うことをとおしてナルシシズムの成熟を図りましたが、そのコフートのような役割をキャラクターやインフルエンサーに期待するのは困難です。

いや、コフートのような役割までいかなくても、友達同士や恋人同士の間では〝喧嘩をしても仲直り〞や〝雨降って地固まる〞といったかたちで、〝適度な幻滅〞に相当する出来事が起こることもあるでしょう。

しかしキャラクターやインフルエンサーとの間ではそうしたことは起こりにくく、もし気に入らない点が見つかったとしても仲直りや〝適度な幻滅〞に相当する出来事も起こらず、欠点のみえない別のキャラクターやインフルエンサーのほうを向いてしまいがちではないでしょうか。

この、〝雨降って地固まる〞や〝適度な幻滅〞が発生するかどうかが、自己対象が身近な人間なのか、それともディスプレイの向こう側のキャラクターや遠いインフルエンサーなのかを分ける一番大きな違いだと私は考えています。

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