イギリス人が「横浜のドヤ街」で見た"日本の断面" 寿町、インテリ日雇い労働者もいた30年前から現在まで

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(撮影:梅谷秀司)

日雇い労働者たちが仕事を求めて集まった、通称センター(寿町総合労働福祉会館・2016年に閉館)」の前でのこと。紀光さんから国籍を聞かれたトムさんが、イギリスだと答えると、彼は「エドワード・ヒース」「ハロルド・ウィルソン」「ジェームズ・キャラハン」など、同国の歴代の首相の名前を挙げていった。英語も堪能であった。

後日、トムさんがオックスフォード大学の教授を寿町に連れていき、紀光さんと3人で居酒屋に入ると、ここでも彼は博識ぶりを発揮した。教授に鋭い質問をぶつけるその様子は、紀光さんとの思い出をつづったトムさんの著書『毎日あほうだんす』でこう書かれている。

「スエズ危機は本当にイーデンのせいだったのか? イーデンはせっかくチェンバレンの対ヒトラー宥和政策に反対したのに、結局チェンバレンと同じ失敗者首相という評判に終わってしまった。でもスエズ問題におけるフランス政府の役割は十分認識されていないではないか? 当時のエジプト、中東にはイギリスよりフランスの方が利権があったのではないか?」(『毎日あほうだんす(著トム・ギル)』より)

西川紀光さんの博識ぶり

毎日あほうだんす: 横浜寿町の日雇い哲学者 西川紀光の世界
紀光さんとの思い出をつづったトムさんの著書『毎日あほうだんす: 横浜寿町の日雇い哲学者 西川紀光の世界』(キョートット出版)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

トムさんは、紀光さんがイギリスの政治に詳しかったとしつつ、「もし私がフランス人だったら、彼はフランスの政治の話をしていたと思う」と、その知識はさらに広かったと振り返る。政治のほか歴史、哲学、量子力学など幅広い分野にも精通しており、文化人類学もトムさんより詳しかったという。

熊本で生まれた紀光さんは、高校卒業後、家庭の経済事情で大学に進めず、陸上自衛隊に入隊。その後、工場や建設会社での勤務を経て、日雇い労働者になった。

酒と学問を愛し、定宿にしていた2畳半のドヤには、学術書が山積みになっていたとトムさんは回想する。彼の1日の賃金は1万2000円で、出費はドヤ代、酒代、食費など5000円。7000円が残る計算だが、次の朝には1000円札が1~2枚しかないことも多く、「この不思議は今まで解けていない」とよくこぼしていたそうだ。

とくに印象的なやり取りは、2人で「なぜ私は存在するのか?」と、実存主義について語っていたときのこと。

トム「自分の人生の意味、分かりましたか?」
紀光「罰、だね」
トム「何への罰? 紀光は何をしたの?」
紀光「オレの人生のすべては罰なんだ」
トム「何への?」
紀光「オレの人生への罰だよ!」
(『毎日あほうだんす(著トム・ギル)』より)

そう言って紀光さんは大笑いをしたのだった。「インテリっぽい暗い話をした後に、人生が罰則なんて面白おかしいから笑おうと。それが非常に印象的でした」とトムさんは目を細めた。

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