スパイ容疑で中国に拘束された日本人を救う方法 反スパイ法で逮捕された日本人男性に懲役12年

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一方で、日本でこういったディールを実現させるには、多くの課題があるのも事実である。まず、対象者の問題である。

日本において、同様の人質交換を持ち掛けられる目星(検挙すべき対象)があるか。検挙すべき相手は、相手国が動かざるをえない人間である必要がある。その場合、日本のインテリジェンスコミュニティを中心として、立件しうる対象を一定程度把握できているのだろうか。

また、スパイ捜査の一端を担った経験から申し上げると、そもそも立件自体が困難を極めるだろう。まず、中国のように“報復“として人道に反した検挙を行うべきでないのは言うまでもなく、”正当“に”重要な人物“を検挙する必要がある。

その場合、長期間の捜査のもと、秘匿捜査においてわずかな証拠を丹念に収集し何とか現行法を駆使して検挙を実現させているのが現状だ。対象がいたとしても、立件するうえでの「スパイ防止法」のような法的整備の面でも課題がある。

さらに、スパイ行為のような容疑にかかわらず、単純な刑法違反で立件を目指すうえでも、相手国が動かざるを得ない人間の検挙はそれ相応の体制と時間が必要である。いざ検挙しディールを行うとなった際に、検挙すべき対象に対する情報共有や体制整備面でも多くの課題がある。

そして、日本がこのような人質交換を持ち掛けた場合にその場では解放が実現したとしても、中国は日本に対し恣意的な法運用による不当検挙・不当拘束を加速させるだろう。

現在でも、中国は改正反スパイ法に加え、データ3法や渉外調査管理弁法を駆使して摘発対象を企業に拡大させている。日本として、いつまでも“申し入れ”などで解決を図るのではなく、制度面も含め抜本的な対応策の整備が求められている。それは、先延ばしすべきではない。

稲村 悠 日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事

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いなむら ゆう / Yu Inamura

官民で多くの諜報事件を捜査・調査した経験を持つスパイ実務の専門家。元警視庁公安部外事課の捜査官として諜報活動の取締まりや情報収集に従事。刑事時代は、多くの強行事件を担当。警視庁を退職後、会計不正、品質不正などの不正調査業界で活躍し、民間で情報漏洩事案を端緒に多くの諜報事案を調査。さらに、大手コンサルティングファームにおいて経済安全保障関連、地政学リスク対応コンサルティングに従事した。現在は、日本カウンターインテリジェンス協会を設立、HUMINTの研究を行いながら、産業スパイの実態や企業の技術流出を防ぐ為、講演や執筆活動・メディア出演などの警鐘活動を行っている。

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