「バター丸ごとホットケーキ」出す店の隠れた意図 消費者が知らないバター生産の「不都合な真実」

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とはいえ、なぜパン屋が牧場まで経営するのか。

西川社長は「ヴィロンは小麦ありきで、原料の違いで差を出す。乳製品はエシレ(フランス・エシレ村産バター)も使っていますが、それは誰でも使える。われわれしか使えないものにチャレンジしよう、と牧場を始めました。とはいえ、まだそんな偉そうなことを言える状況ではないです」と話す。

牧場の運営方法は、いろいろ研究したうえで、放牧をする山地酪農で知られる中洞牧場創業者、中洞正氏に学ぶことにした。「牛舎で密飼いすれば、餌も掃除も人間がやらないといけないですが、放牧なら牛が自分で餌も食べる。中洞さんは、『らくのうの〈ラク〉は、人間がラクをする〈楽〉だ』と言います」と西川氏は説明する。

川上から発信することで川下も変える

農協や周囲の酪農家からも教えを請うてきたが、5年間は売れる品質のバターを作れなかった。なるべく農薬や肥料も使いたくないが、放牧場では、養分になる糞尿が落ちるエリアにムラができるので、堆肥を補給することも必要と学んだ。

私たち消費者は、バターを作るまでにどれだけの廃棄が生じるのか、ほとんど知らずにきた。産地と都会の距離は大き過ぎるし、国民を養う根幹にある農業には政治が複雑に絡み合う。しかし、現場で何が起こっているのか、理解できれば受け入れられることも多くなる。

西川氏はこの20年、商売を通じて作り手側から発信を続けてきた。静かに行ってきた生産地からの発信も今年、こうして少し見えるようになった。おいしいバターの後ろに隠れている厳しい現実はこれから、川上から川下まで変えることができるのだろうか。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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