北野武新作「首」、プロが見た驚きの感想【前編】 本日公開、「キャスティングには成功」したが…

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物語は信長(加瀬亮)に反旗を翻した側近の武将・荒木村重(遠藤憲一)の「首」をめぐって動き出す

村重は巧みに逃げ回った揚げ句に生け捕りにされ、秀吉(ビートたけし)の配下に取り入れられた元甲賀忍者・曾呂利新左衛門(木村祐一)、大名と忍者をつなぐエージェント千利休(岸部一徳)を介して、明智光秀(西島秀俊)の元に届けられる。

明智光秀(西島秀俊)(写真:映画『首』公式サイトより)

結局それが、本能寺の変を招く引き金となるのだが、そこに光秀・村重の男色関係が加わり、狂気を孕んだ信長の恰好のハラスメント犠牲者となる光秀の孤独な情念に絡んでくる

光秀は村重の描いた反信長の筋書きどおりに動くのだが、決起の直前に村重を密かに葬る。一人勝ちを目論んだ末の自滅である。

村重の「首」は、ついに信長の元に回収されずに終わるわけだが、「首」の主題はまた別の物語的な展開の中で反復される。

それは、2019年に刊行された原作『首』(北野武著・KADOKAWA)に基づいている。だがしかし、これは到底「歴史小説」などと呼べる代物ではなく、せいぜい映画化のためのシノプシスにすぎない

「正史と偽史」「主音声と副音声」が不整合にもつれ合う

問題はこの原作の構成上の欠陥にあった。それが映画『首』の編集上の問題に直結してくるのだ。

原作にもある北野武のオリジナルな歴史仮説は、闇のルートから秀吉の手に入った信長の息子・信忠宛ての権力委譲を明言する手紙にある。

その虚構的な設定自体に問題があるわけではない。

秀吉、光秀、家康(小林薫)は、それぞれに裏世界で活躍する忍(しのび)を雇っているのだが、その表世界との関係が、原作でも映画でも、構成的に十分整理されてはいないのだ。

言い換えるなら、「正史と偽史」「主音声と副音声」が不整合にもつれ合っている状態である。

それによって、人間関係がいたずらに複雑になり、ストーリーが不用意に難解になる。

とくに信長の息子宛の書状を所持している甲賀の里の盲目の切支丹・多羅尾光源坊という存在が、この役は無用だったのではと思われるほど、奇怪でわかりにくい。

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