「障害者枠で働くしかない」発達障害男性の心情 「診断をもらわないと就職先がない」のはなぜ?

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「(事業所は)社会のリアルを教えていないと感じました。それに自分は年齢的にも1日にも早く就職したかった。無職の期間が長引くほど社会人としての感覚や知識が失われていくと思っているので」

「話すのが苦手なので」と取材用にメモを持参してくれたハヤトさん。生い立ちや職場での経験などがA4判5枚にまとめられていた(編集部撮影)

それでもこの事業所を選んだのは、いわゆる大手企業への就職という実績が数多くあったからだという。しかし、履歴書作成や面接の練習ではいつもスタッフから「夢や理想が見えない。そんな就職はむなしい」などとダメ出しをされてしまう。

事業所通いを中断し、再び派遣で働き始めたこともある。しかし、ほどなくして何度目かの適応障害を発症。結局同じ事業所に出戻った。とはいえ、両者の考え方の違いが解消されたわけではない。最後はスタッフから「あなたがどういう人かわからない」「(就職活動は)ご自身でなさったほうがいいみたいですね」と突き放され、通うのをやめた。

「理想論ばかりでなかなか就職させたがらないのは、(利用者の人数に応じて支払われる)報酬目当てなのでは、とすら思ってしまいます」と就労移行支援への不満を訴えるハヤトさん。「どういう人かわからない」という責任転嫁するかのような物言いに対しては、今も納得できないという。

ここで就労移行支援事業所について説明しよう。就労移行支援では、障害のある人がコミュニケーション訓練、職場体験などを通して就職のためのスキルを身に付ける。利用できる期間は原則2年。本連載で何度か取り上げた就労継続支援A型事業所と同じく就労系の障害福祉サービスのひとつで、いずれも利用者数などに応じて市町村などから報酬が支払われる。A型事業所が就労の場でもあるのに対し、就労移行支援事業所は学校に近い。

厚生労働省の統計によると、就労移行支援事業所は全国に約3300カ所あるが、事業所によってサービスやスタッフの質がピンキリだという声はたびたび耳にする。働く中でうつ病や自殺未遂を経験し、事業所に通い始めたのに「夢や理想を語れと一方的に言われ戸惑った」「心ない言葉で叱責された」と話す元利用者は1人、2人ではない。

また、ハローワークの相談員からは「就労移行支援のスタッフがよく『発達障害の人を紹介して』とやってくる。まるで営業活動のよう」という話も聞いたことがある。ハヤトさんの「しょせん金目当て」との指摘はあながち間違いではないのかもしれない。

2回の診察で発達障害と診断された

ハヤトさんに話を聞く中でもうひとつ気になったことがある。それは、ハヤトさんがわずか2回の診察で発達障害と診断されたことだ。ハヤトさんは就労移行支援事業所を利用していた5年ほど前に、事業所が提携する心療内科を受診。初診時に1時間ほどの問診を受けた後、次の診察で注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)と告げられた。発達障害の診断時に参考にされるWAIS検査も受けていないという。

就労でつまずき、自ら発達障害の診断を求めるケースは残念ながら数多くあるし、当事者は皆切迫した事情を抱えている。ただあまりに安易な診断は発達障害ビジネスにもつながりかねないのではないか。私の指摘に対し、ハヤトさんが被せるように反論した。

「そうまでしてでも診断をもらわないと就職先がないんです。自分にはもう選択肢がない」

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