日本では偏見の対象「左利きの女性」苦難の歴史 なぜ左手で箸を持つと「不作法」と言われたのか
同じく元禄期に享楽的な好色ものを書いて一世を風靡した井原西鶴も、晩年に残した随筆「時花笠の被物」のなかで「左手」で箸を持つ子どもを戒めています。
利き手をとりまく文化的影響度の大きさをけっして甘くみてはなりません。従来の価値観が大きく転換する敗戦後に出版された新しい女性向け作法書、川島次郎著『新しい女子の礼法』でさえ、『礼記』の一節を引用しつつ《元來和食はすべてが、右手に箸をとることをたて前としている》と断言しているのです。
女性に課せられていた「花嫁修業」も原因
かつての日本社会における女性には花嫁修業という、もうひとつの「仕付け」が課せられていました。古くは着物やふとんを縫ったり繕うための裁縫。現代でも女性の役目とみられがちな炊事や洗濯。さらには礼儀作法やお稽古事なども花嫁修業の一環でした。
こうして花嫁修業を列挙すれば、家事労働がいかに多岐にわたるかがわかります。そしてそのために、女性のほうが男性よりもはるかに利き手の左右を問われることが多かったのです。ましてや「左利きはお嫁にいけない」とされた時代にあっては、どれだけ多くの左利き女性が苦汁をなめてきたことでしょう。
かつて花嫁修業とカテゴライズされた技術や作法の習得にあたっては、まだまだ左利きの手本や配慮がなされていないものが多々あります。ですが、生活関連用品や道具については、左利き専用品だけでなく左右兼用のユニバーサルデザインの製品が充実の兆しを見せています。
そのいっぽう、茶道をはじめとする伝統文化においては、右利き本位の作法に手こずる左利きは少なくありません。さまざまな境遇におかれた人々を取り残さない作法の確立を、素晴らしい文化の継承のためにも切望します。
ともあれ、「左利きの娘はお嫁に行けない」という迷信を温存させてきたのは、右利き優位の社会である以上に日本の社会が「男性本位」を引きずってきた一面も見逃せません。日常生活におけるジェンダーフリーが進むことこそ、多くの左利き女性が味わった艱難辛苦を、男性が自身の利き手の左右に関係なく共有し理解できる絶好の機会なのです。
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