佐藤優「カラマーゾフで読み解くロシアの論理」 「人間から自由を取り上げなければならない」

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人間とはそういう存在だから、自由を追求するととんでもないことになる。それを力によって抑えつけないと、すべての人間にパンが行き渡る生活を保障できるようにはならない。そのために、人間から自由を取り上げなければならないというのが大審問官の主張です。これは、プーチンと現代ロシア人の関係にも通じるところがあるのではないでしょうか。

<原著からの引用>
ここでは、だれもが幸せになり、(中略)反乱を起こしたり、たがいを滅ぼしあったりする者もいない。そう、われわれは彼らに言い聞かせてやるのだ。われわれに自由を差しだし、われわれに屈服したときに、はじめて自由になれるのだとな。

自分の自由を差し出して屈服したときに自由を得ると、逆説的に言っています。自由についていろいろ考えるのは大変だから、おまえを自由から外してあげよう。そうすることで自由になれるよと言っているのです。

つまり自由=隷従。人間は、イエス・キリストに従うことで真の自由を得るのだというキリスト教の基本的な考え方です。でも、隷従、服従こそ自由であるなら、それは独裁者の論を補強することにもなりえます。

キリスト教になじみがない日本人にとって「大審問官」は難解だとよく言われますが、そんなことはありません。「大審問官」は、ドストエフスキーの仮説上の自由をめぐる討論です。人間にとって自由とはどういうことか、はたして人間は自由に耐えうるのか。これが根源的な問題となっています。

ポイントとなる箇所をていねいに読む

「『カラマーゾフの兄弟』を読み切るコツはありますか」と聞かれることがありますが、コツがあるとすれば、ひたすら読むということです。禅問答のように感じるかもしれませんが、それが唯一のコツなのです。

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また、ドストエフスキーのほかの作品にも共通しますが、長編をザーッと読めるようになるには、まずゆっくり読む箇所を決めることが大切です。『カラマーゾフの兄弟』で言えば、大審問官とゾシマ長老の来歴に関する第2部です。

その部分を丁寧に読んでいくこと、そして作品内容について詳しい人の解説を受けながら読んでいくことが後々の速読、多読につながります。

はじめは進みが遅くても、読み進めるにつれ頭のなかに情景が浮かぶようになり、ある地点からは読むスピードと理解が加速度的に進んでいくのが『カラマーゾフの兄弟』の特徴です。その世界への一歩を踏み出してみてください。

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官

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さとう まさる / Masaru Sato

1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。

2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年に『自壊する帝国』(新潮社)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『読書の技法』(東洋経済新報社)、『獄中記』(岩波現代文庫)、『人に強くなる極意』(青春新書インテリジェンス)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『宗教改革の物語』(角川書店)など多数の著書がある。

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