佐藤優「カラマーゾフで読み解くロシアの論理」 「人間から自由を取り上げなければならない」

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しかし、プーチン大統領らロシア指導部だけでなく、大多数のロシア人もこの戦争はアメリカなど西側連合によるロシア国家解体の陰謀を阻止するために必要だと考えています。このロシア人特有の奇妙な論理を理解するには、『カラマーゾフの兄弟』の登場人物の心情を追体験することが効果的です。

ロシアの特徴は、政治的、文化的、宗教的に完結した空間を形成しているところにあります。言い換えるなら、ロシアは「閉ざされた世界」なのです。

帝政時代、ソ連時代を含めて閉ざされているのが常態だったこの帝国を変化させたのが、1985年にソ連共産党書記長に就いたゴルバチョフ。ゴルバチョフはペレストロイカ(立て直し)政策を進め、外部世界への扉を少しずつ開き始めたのです。

ところが、「開かれた世界」と相性のよくないソ連は、1991年12月に崩壊(実態は自壊)しました。旧ソ連は15の主権国家に分裂し、ロシアはエリツィン大統領の指導下で外部世界への扉を全開にしたのです。

その結果、政治、経済、社会のすべてに大混乱が生じました。現在のロシア人は、ソ連時代末期とエリツィン時代を「混乱の90年代」と否定的に評価しています。エリツィンの後継者として2000年に大統領に就任したプーチンは、扉を徐々に閉じ始めました。

そして2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻で、扉はほぼ閉ざされてしまいました。今になって振り返ると、1985年から2022年までの37年間は、ロシア史において外部世界に扉が開かれていた例外的な時代だったのです。

「閉ざされた世界」に戻ってしまったロシア人の価値観や心情を知るには、ドストエフスキーの小説に新たな光を当てる必要があると私は考えています。

プーチンは21世紀の大審問官

率直に言って、『カラマーゾフの兄弟』にまともな人物はほとんど出てきません。しかし、一見奇怪に見える言動をする人にも、その人なりの論理があります。

それをつかむことができれば、私たちにとって他者であるロシア人とその集合体としてのロシアを理解することができるのです。

『カラマーゾフの兄弟』で特に難解だと言われるのが「大審問官」の部分ですが、プーチンについても、21世紀の大審問官だととらえれば、その内在的論理は理解可能になります。

大審問官は兄弟のひとりであるイワンが創作した物語中に現れます。大審問官とは、ローマ教皇を選ぶ権利を持つ高位聖職者たちのことで、枢機卿とも言えます。ローマ教皇は枢機卿の中から互選されますから、ローマ教皇になる資格のある超幹部だということです。

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