水を買う時代に「サントリー天然水」が首位の訳 平成元年より40倍に拡大した水市場

拡大
縮小

もちろん常備用の2リットルの水も、最終的には消費される。そのまま飲む以外に炊飯や調理、コーヒー抽出に使う人もいる。消費の拡大により参入企業が増え、昔に比べて販売価格が下がったのも大きい。

最近は各メーカーが価格改定(値上げ)しているが、筆者が都内のスーパー(複数店)で2リットルの水の販売価格を調べたところ、特売時には1本100円を割る商品もあった。まとめ買いが好まれる通販サイトでも1本当たり百数十円というケースが多かった。

市場の急拡大を牽引するのは国内ブランドだ。かつては「ボルヴィック」や「エビアン」といった海外輸入ものが人気で、そのファッション性も支持された。前掛けホルダーに輸入水を入れて、街や観光地を散策する人もいた。1995年にはシェア30.5%に達していた輸入水だが、2022年は5.3%にまで低下。一時代を担ったボルヴィックは2020年末で国内販売を終えた。

一方、国産で最初に人気となったのは「六甲のおいしい水」(1983年にハウス食品から発売)だ。ピーク時は小売店の目立つ場所に多数置かれていた。その後、アサヒ飲料にブランド譲渡され、現在は「アサヒ おいしい水」シリーズのラインナップとして販売されている。

食の欧米化、濃い味が多くなった

平岡氏は「あくまで仮説」と前置きして、「ミネラルウォーターの需要拡大には食の欧米化、濃い味人気も大きいのでは」と指摘する。水分の多いコメの消費量が減ってパン食が増え、料理の濃い味や激辛人気などもあり、「ごくごく飲める水が支持された」という意見だ。

この話を聞いて、かつてスポーツ科学の専門家である小林寛道東大教授(現名誉教授。『運動神経の科学 誰でも足は速くなる』著者)から「もともと日本人の身体には、欧米人に比べてウォーターリザーブ(体内の貯水量)があります」と言われたことを思い出した。「日本食である米飯や味噌汁、そばやうどんなどの麺類も水を使うので水分量が多い食事を摂取してきた。欧米人の食事はドライフードが多い」との指摘だった。

ただし水分補給なら、品質が高まっている水道水でも事足りる。「コロナ禍では、在宅時間が長くなった結果、家庭の水道水からつくる飲料に市販の清涼飲料需要の一部が流れた」とも聞く。

この点に関して平岡氏は、「機能性の観点では水道水を沸かしたり、そのまま飲むのもいいと思います。一方、情緒の面ではストレス社会で緊張感を強いられると、ミネラルウォーターを口にして落ち着く一面もあると感じます。メーカー視点では『水としてのおいしさ』や『安全・安心な水』という機能的価値と、『天然水』という言葉が持つ情緒的価値を高めてきました」と言う。

1991年の発売時は「サントリー 南アルプスの天然水」という商品名だった。今では競合メーカーも使う“天然水”という言葉をいち早く用い、水源地の保全をしつつ自然豊かな世界観を30年以上伝え続けてきた。それが支持されて競合との差別化を生んだようだ。

高井 尚之 経済ジャーナリスト、経営コンサルタント

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たかい なおゆき / Naoyuki Takai

学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

 

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