そこまでは順調だったのだが、退会の手続きにやってきたみちやの顔が浮かなかった。今回の結婚について、「親が手放しで喜んではいない」のだと言う。
「特に母親が手厳しくて。『あなたの経歴なら、38歳よりももっと若い女性と結婚できたんじゃないの?』『勤めている会社はしっかりしているけれど、短大卒なのね』『親が離婚しているっていうのも、ちょっとねぇ』とか、ケチばかりつけてくるんですよ」
みちやの母は、お嬢様学校といわれる女子大を卒業後、20代前半で一流企業に勤めるみちやの父と結婚した。出来合いの惣菜が食卓に並んだことはなく、家の中はいつもキチンと片づけられ、洗濯物もきれいに畳まれているような、模範的な専業主婦だった。
一方で父親は、「確かに歳は取っているけれど、みちやが決めたんだから、まあいいだろう」と、一応は賛成の立場を取ってくれた。
「母が両家の顔合わせのときに、彼女や彼女の母親に失礼なことを言わなければいいけれど」
こう言って成婚退会していったのだが、そこから1カ月後に、「ちょっとご相談したいことがあります」と連絡が入った。
「おまえは婿に行くのか?」
事務所にやってきたみちやが言った。
「親が、この結婚に反対し出して。賛成していた父親も、母親側につくようになりました」
反対の原因は、結婚後に2人が住む家だった。最初は、賃貸で探していたのだが、「お互いにいい年だし、子どもができたときのことを考えて、マンションか戸建てを買おう」ということになった。
「不動産屋巡りをしていたら、自分の給料でも無理なく買える価格の戸建てを見つけたんです。彼女の実家までは、歩いて10分くらい。土地柄子どもを育てるにはいい環境だし、育児期間中は彼女の母親にサポートをしてもらえる。彼女もそのほうが安心だと言うので、その家を買う契約をしたんです」
ところが、それを事後報告で両親に伝えたところ、2人とも急に険しい顔になり、それまで結婚に賛成していた父親も低い声で言った。
「おまえは婿に行くのか」
よりこの実家のすぐ近くに家を買ったことが、不満のようだった。
「彼女の姓になるわけじゃないから、婿ではないでしょう」というと、さらに父親は怒りを増幅させて言った。「結婚したから向こうの親の近くに住んで、自分の親はほったらかしか」。
ほったらかすつもりは毛頭ないことを告げた。その後も親はいい顔をしなかったのだが、その反対を押し切って家を買った。
「兄貴が結婚して実家の近くに戸建てを買っている。子どもが2人いて、家族でよく実家に遊びに行っているようだし、僕は次男だから彼女の実家寄りでもいいのかなと思っていますよ」
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